2025年 07月 15日
スマホを忘れて、さぁ大変・・・
しまった。忘れたー。
特急列車に飛び乗った後、スマホがないことに気づいた。
到着駅で周囲を見渡したが、公衆電話が見当たらない。
なんとか探し出したが、硬貨がない。
自動販売機で清涼飲料水を買い、小銭をつくった。
はて?どうしよう。
最後に困ったのが相手の電話番号が分からないこと。
みなさんは、そんな経験、ないでしょうか。

握りしめる。握りあう。握りつぶす。
よく使われる慣用句だが、今の時代にマッチする言葉だ。
握っている機器は世界と繋がり、手のひらの中で決定し実行する。
予約、申し込み、支払い等、ネット上での処理が要求され、
飲食店でもQRコードを読み込んでの注文が求められて戸惑う。
スマホを持っていることが前提での生活が求められ、
持たざる者は社会のシステムから排除されていく。
スマホを相棒として、生きていかなければならない時代となり、
デジタルに疎い人間にとっては不自由で不便な社会となった。
かつて教師として、一番困ったのが、スマホ関連のトラブル。
SNSを介してのいじめ、犯罪に巻き込まれるケースもあった。
悪い大人から生徒をどう守り、救っていくのか、思い悩む日が続いた。
昨今は、表現の自由を大義とした身勝手な正義がネット上に溢れ、
他人の名誉やプライバシーなど、人権が侵害され続けている。
また、海外を拠点としたオレオレ詐欺や闇バイト等の被害も深刻化。
手のひらの中で世界と繋るスマホは、利便性と危険性が共存する媒体だ。
産まれた頃には何もなかった。
やがて、やって来たのは町内だけに通じる呼び出しの有線電話。
しばらくして、電電公社(現在のNTT)の黒電話が普及する。
学生時代は10円玉を握りしめて、赤電話から故郷に連絡をいれた。
働き始めてから、ポケベル、ピッチ、携帯と電話は進歩していった。
当初は、そんなものに拘束されたくない、と携帯を持つことを拒否。
しかし、職場や周囲から勧められ、渋々、持つようになった。

従来の携帯はガラケーと呼ばれるようになった。
しばらくは、ガラケーにこだわり、非主流派を貫いたが、
結局は5年程前にスマホデビューをしてしまった。
以上が、スマホと出会うまでの顛末だが、
未だに馴染めず、機器の使い方が分からずに困惑する日々。
黒電話や赤電話が当たり前で何の不十分もなかった時代が懐かしい。
ちなみに、スマホを忘れて列車に乗り込んだ当日。
開き直った私は、すべてから解放されて自由を謳歌。
目的地の大分で温泉旅行を楽しんだ後、再び特急列車で帰路についた。
この日は、何事もなく時は過ぎ、平穏で心安らぐ休日となった。
まぁ、時にはスマホを忘れる。それも、いい・・・。
2025年 07月 01日
“令和の米騒動”と田植え
先日、実家の田植えを無事に終え、ホッと一息。
近年、筋肉痛が癒えるまで時を要するようになった。
山里で生まれ、飛び交う蛍を眺めながら育った私。
幼い頃は手植えで、猫の手も借りたいほどの忙しさ。
子供も重要な労働力で、農繁休暇で学校は休業日だった。
大人になり家を出て、今は弟が実家を継いでいる。
現在、私の役割は田植えや稲刈り等の際、駆けつけることだ。

兼業農家として代々伝わる田んぼを守ってくれている弟。
機械化で多くの人手は、必要ではなくなったが、トラクター、
田植機、コンバイン等を揃えると一千万円以上の資金が必要。
農業収入はほとんどなく、会社勤めの給与で農機具を揃える。
多くの農家は、兼業をしなければ米作りを続けられない状態だ。
また、高齢化の影響もあり、離農が相次いでいる我が故郷。
頑張っている米作り農家も「農機具を買い揃える余裕はない。
今、使っている機械が壊れたらもうやめる」と口々に言う。
近い将来、実家周辺は雑草が生い茂る耕作放棄地だらけとなり、
猪や鹿が走り回る獣たちの楽園となってしまう可能性が高い。
“令和の米騒動”と称される米価の高騰が話題となっている。
誰かが利益を得ているのだろうが、農家の経営に変化はなく、
10数年間下がり続けた生産者米価が下げ止まったに過ぎない。
騒動は“米は余剰”という形で無視し続けてきた農政へのツケ。
評論家は減反見直しや生産規模の拡大等、対策を自慢げに語るが、
現場への説得力に欠け、後継者づくりを含め解決は容易ではない。
土作りや水の管理が重要な田は、一度荒廃すれば中々元に戻らない。
離農を食い止めるためには、農機具への助成金等の緊急措置、
速効性のある農家への個別対応が必要だと思うのだが・・・・。

そういえば、平成の時代にも米騒動があり、世の中は大騒ぎ。
なりふり構わぬ米の緊急輸入で何とか急場をしのいだが・・・。
悲しいかな、喉元過ぎれば熱さを忘れる、の諺の如く、
直ぐに世間の米への関心は消え去り、結局のところは元の木阿弥。
抜本的な農政の改革は行われないまま、米農家は放置され続けた。
“国の食糧安全保障を考えると米の自給体制維持は欠かせない”
“保水能力などの環境保全を考えると水田の役割は極めて重要だ”等
米作りの重要性は叫ばれ続けているが、行動が伴わないのが日本の農政。
今回も米価が安定すれば、再び世間の関心は薄らいでいくのだろうか。
そして、食糧危機になった時にその深刻さに気づき後悔する。
しかし、それでは、遅すぎるのであって、国が滅びてしまう。
もしかして、令和の米騒動は、そうならないための忠告なのかも・・。
政治家や官僚の皆さん。稲穂の国・ニッポンをよろしくお願いします。
ともあれ、弟の大変な頑張りと私の些細な手伝いで植わった早苗たち。
今は、猪と鹿対策の柵に守られながら、すくすくと育っている。
次に私が筋肉痛になるのは秋の予定。
台風や異常気象など、今後、様々な心配ごとがあるが、
なんとか、無事に収穫の季節を迎えたいものだ。
その頃、令和の米騒動は、どうなっているのだろうか。

2025年 06月 15日
『あんぱん』に思う。生きるよろこび。
漫画家・やなせたかしと妻・暢(のぶ)さん、
二人をモデルにした朝ドラ『あんぱん』でのセリフだ。
定年の時期を迎え、さあ、これからどうしようか、
と考える我々世代にとっては、ギクリとくる言葉。
先日も、高校時代の友人達と酒を飲み交わし、
これからを、どう過ごしていくかが話題となった。
何のために、何をしながら生きるのか・・。
がむしゃらに働き、仕事や子育てで頭が一杯だった頃、
みんな、そんなことを考える時間も余裕もなかった。
退職後は、のんびりと自由気ままに過ごしたい。
と思い続け、バラ色に描いていた定年というゴール。
しかし、到達して、少し時間に余裕が生まれた今、
のんびりと気ままに、という生き方に戸惑い、
人生は、まだ続いていくことを改めて実感する。
と悩まずに、気楽に生きればいいのだが、
そう考えられないのが、我々世代の悲しい性なのか。
そんな思いで、精神科医の神谷美恵子さんが著した
『生きがいについて』を書棚の奥から取り出してみた。
心理学者でもあった神谷さんは、ハンセン病患者に寄り添い、
心の病で苦しむ人々との交流や実践活動に生涯を捧げた。
神谷さんによれば、“生きがい”という言葉は日本独特の表現。
人間が最も生きがいを感じるのは、“自分がしたいこと”
“自分がやるべきこと”の二つが一致した時だという。

人間はいつ、どんなことに生きがいを感じるのか。
それは、人それぞれで千差万別なのだろう。
只敢えて言うなら、自分の為すべきことを一生懸命に行い、
誰かに喜んでもらえれば、やりがいを感じることが多い。
感謝されることが目的ではならないが、感謝されると嬉しい。
ならば、何かをしてもらった際に発する「ありがとう」。
その一言は、他人の“生きがい”作りの手助けとなるのかも・・。
“生きがい”は主観だが、双方的なものである、とも思う。
「♪そうだ うれしんだ 生きるよろこび。」
そんなフレーズから始まり、生きることの大切さを説き、
「♪だから きみはいくんだ ほほえんで。」
で締めくくられているアンパンマンマーチの歌詞。
子どもが幼い頃、テレビから流れる歌を一緒に聞いていた。
当時は何気なく、聞き流していた歌詞ではあるが、
今、改めて聞くと大変、味わい深い。
どこまで続くのか、いつ途絶えるのか。
誰も分からない人生というレール。
もう少し働くもよし、趣味に没頭するのもよし。
何かのボランティアに汗を流すのもいいだろう。
ならば先ず、“何をしながら生きるがか”の難問は先送り。
取り敢えずは、朝ドラ『あんぱん』を毎日楽しみながら、
今日も、微笑んで「ありがとう」の言葉を発していこう。
確かに少々、体力は衰えてきた気がするが、
明日に向かう気力だけは、衰えさせたくない。




