2023年 12月 29日
にぎやかに『源氏物語』がならぶ
2017年、秋、作家の角田光代の現代語訳『源氏物語』が刊行され「角田源氏」が加わり、にぎやかに『源氏物語』がならぶことになる。百花繚乱の「源氏」だ。
遡って「源氏訳」を調べてみると、与謝野晶子『新新訳源氏物語』=「与謝野源氏」(1939年)をスタートに、3度改定した谷崎潤一郎の『訳』(41年)『新訳』(54年)『新々訳』(65年)=「谷崎源氏」が脚光を浴びて「現代語訳」が登場した。
後も窪田空穂『現代語訳源氏物語』(43年)池田亀鑑『全訳源氏物語』(55年)玉上琢弥『源氏物語評釈』(69年)と続き、円地文子訳=「円地源氏」(73年)田辺聖子訳=「田辺源氏」(79年)瀬戸内寂聴訳=「瀬戸内源氏」(89年)の3女流作家の「源氏」が出てきた。
さらに今泉忠義『源氏物語全現代語訳』(78年)の学者訳もあり、中井和子『現代京ことば訳源氏物語』(91年)や橋本治『窯変源氏物語』(93年)の特異訳も刊行された。後、尾崎左永子『新訳源氏物語』大塚ひかり『全訳源氏物語』(2010年)林望『謹訳源氏物語』(13年)と続き、現在、中野幸一『正訳源氏物語』刊行も続く。また各種各様「まんが源氏物語」も数多く刊行され、各地の書店には「源氏コーナー」設置が目につく。
我が家の書棚には、その他、川口松太郎『川口源氏新源氏物語』北條秀司『北條源氏』梶山季之『好色源氏物語』それに柳亭種彦『偐紫田舎源氏』ではなく、井上ひさし「江戸紫絵巻源氏」がならび、かって「源氏」に凝った時期があったことを思い出す。
紫式部『源氏物語』を日本人で世界に初めて紹介したのは、郷土の偉人・末松謙澄(1855~1920/福岡県行橋市前田出身)で、日々、我が家近くに建つ「末松謙澄生誕之地」碑を見る。彼は10歳で幕末の漢学者・村上仏山の私塾「水哉園」に入塾。明治4年(1871)17歳で上京。苦学を続けて新聞界へ入り、高橋是清、福地桜痴らを知り、伊藤博文、山形有朋などの知遇を得て官界に入った。
24歳で英国ケンブリッジ大学に留学。明治15年(1882)ロンドンで末松翻訳の『源氏物語』が出版された。日本初の「末松源氏」は「佳訳」との評価も得たという。
後、世界各国で「アーサー・ウェイリー源氏」をはじめ、多くの翻訳出版が続く。
長保3年(1001)以降に書き始めたといわれる「源氏物語」が、悠久の時を超え、なお新しいのは人間愛を綴る魅力なのだろう。
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by inakasanjin
| 2023-12-29 09:00
| 文学つれづれ
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2023年 12月 22日
豊前国小笠原協会の挑戦
いい新聞記者に巡り会ったと思う。仲間の活動を報道して頂いたからではない。私自身役所勤め40年近くの間、半分は広報業務で報道関係者との交流が深く長かった。多くの記者にご交誼賜り、役人気質ではない生き方を学んだと思う。市役所退職後もメディア関係者との交流は続く。
そんな中、N新聞のS記者は、行政などから与えられたネタではなく、捜し見つけた独自ネタ報道が多い。現在では奇特な方だ、と思う。昔気質の記者視点には感心する。初めての出会いから3年余が過ぎる今、確かな目を持つS記者に感謝したい。
平成23年(2011)、郷土の地域おこしをと、福岡県みやこ町で「NPO法人豊津小笠原協会」を立ち上げ、銀閣寺に伝わる華の「無雙真古流」がみやこ町発祥などを突き止めて地域発信をしていた。そんな取材をはじめ、隠れた文化遺産発掘に力を頂いた。
珍しい遺産では、細川家の『永青文庫』に「(略)寛永5年(1628)9月15日(略)仲津郡ニ而ぶどう酒被成御作候(略)がらミ薪ノちんとして(略)」の記述が「日本ワインのルーツ」で、みやこ町犀川大村と判ったことだ。この話題に着手、活動の折々にはS記者の報道があった。
後、地域の文化活動をもっと広げようと、平成30年にNPOから「一般社団法人豊前国小笠原協会」に替わった。その年末、宮崎県の五ヶ瀬ワイナリー(宮野恵支配人)で約400年ぶりに〝ガラミワイン〟の再興がなった。ガラミは学名エビヅルで古名はヤマブドウとも呼ばれた。ガラミから「ぶだう酒」を造った〝細川家物語〟があった。
元号が令和に替わると、S記者は「これまでのガラミ」を追いたいと言われた。そして「再興細川家ワイン/豊前国小笠原協会の挑戦」と題する連載が始まった。連載でのサブタイトルは、❶史実―古文書の「ぶだう酒」、❷指南―細川元首相から電話、❸探索―住民に活動広がる、❹支援―宮崎の醸造所が参入、➎連携―行政も取り組み注目、❻記者ノートー文化的活動にも力をーと活動の仔細が記されていた。感謝だ。こうした、それぞれの仲間の思いや動きを正確に伝える〝今を刻む〟報道は、将来の正しい〝歴史を刻む〟ことに繋がるだろう。
ニュースとは、現れた時が旬であり、それを伝えるのが報道だろう、それを逃すのは報告でしかないと思う。現在、報告記者はいるが、報道記者は少ないようだ。時を越えて出現したガラミは〝旬の素材〟だった筈だ。S記者は、その〝ガラミ物語〟を追い続けてきた。
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by inakasanjin
| 2023-12-22 09:00
| ふるさと京築
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2023年 12月 15日
世界一短い自由詩だろう「冬眠」
福島県いわき市出身の〝蛙の詩人〟といわれた草野心平(1903~88)は、慶応大を中退後、中国の大学に留学。そこで日本から送られて来た宮澤賢治『春と修羅』に刺激されて試作を開始した。排日運動で大正14年(1925)に帰国。賢治に会うことはなかったが『賢治全集』刊行には尽力した。昭和3年(1928)蛙をテーマにした初詩集『第百階段』を刊行。後、蛙の詩を書き続けた。昭和62年には詩人として文化勲章を受賞した。
彼独特の蛙の詩がある。1篇は、おそらく世界一短い自由詩であろう「冬眠」のタイトルで「•」がある。これはどんな意味を持つ「言葉」なのか、それとも単なる記号なのか、まさに「•」だけだ。
もう1篇は「春殖」の題で「るるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる」である。蛙の交尾時の擬音語だとか、35個の「る」が並ぶ。
また英語の「Q」が方々を向いてアトランダムに40個記された「視覚詩」なる作品もある。これはオタマジャクシを表現しているのだとか、どれもカエルに絡んだものだ。
草野心平は「長女綾子、その4つ下が民平、その4つ下が心平、そのまた4つ下が京子、その3つ下が天平」と記すように2姉妹3兄弟だった。兄も弟も詩人だった。
兄の草野民平(1899~1916)は、結核性カリエスで若くして逝った。彼の詩。
のろま男 いぢけたのろま男 鉛の仮面、悪漢の首領 おもんみる
逃亡者の真実 午さがり あれに怨すサ これも赦すサ いろ男
六百人の軍人の敵愾心 直立したる冷笑と 古今の金言 僧院長の大あくび
文体 肉の彫刻 俺といふもの! ――「俺の説明」
弟の草野天平(1910~52)は、東京の銀座で喫茶店を開業していたが、後、滋賀の比叡山に移って詩作に励むが、詩業半ばにして生涯を閉じた。多くの詩を残す。彼の詩。
人は死んでゆく また生れ また働いて 死んでゆく やがて自分も死ぬだらう
何も悲しむことはない 力むこともない ただ此処に ぽつんとゐればいいのだ
――「宇宙の中の1つの点」
超短詩「•」を遺した詩人は「名誉ある天才は宮澤賢治だ」と賢治を世に出した人でもあった。ところでモハメド・アリ(1942~2016)に短詩「me、we」がある。
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by inakasanjin
| 2023-12-15 09:00
| 文学つれづれ
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