2026年 02月 01日
へいちく物語② 歴史の町まで生徒を送迎
福岡県東部の京築地方と内陸部の筑豊地方を結ぶ平成ちくほう鉄道。
“へいちく”の愛称で親しまれる鉄道は沿線住民にとって、唯一の
公共交通機関で欠かせない存在として、地域社会を支え続けてきた。
行橋発のレールバス内、初老の男が、感慨深げに車窓を眺めていた。
彼にとって、コトコトコト、と車輌が発する音は、単なる雑音では
なく、ノスタルジーの世界へと導いてくれる呟きに感じられた。
* * *
・・・コトコトコト。コトコトコト。
ボクはへいちく。行橋市を過ぎ、今、みやこ町豊津(旧豊津町)だよ。
豊津は文化と歴史のまち。奈良、平安時代には、国府が置かれた地で、
国府跡は史跡公園となり、付近の国分寺には三重の塔も建っているよ。
また、幕末に藩庁が置かれた豊津には、藩校を起源とする県下で最も
古い伝統を有する育徳館高校(創立267周年、旧豊津高校)があり、
校内には、黒門(藩校時代の校門)等、多くの文化財が存在するんだ。
モモちゃんは、33歳で高校の教師になり、一度は地元を離れたけど、
その後、母校でもある豊津高校に赴任し、また、ボクとの縁が復活。
学校は平成16年に中高一貫校になり、校名を豊津から藩校時代の
育徳館に戻して、6年間という新しい形での教育がスタートしたね。
“へいちく”の愛称で親しまれる鉄道は沿線住民にとって、唯一の
公共交通機関で欠かせない存在として、地域社会を支え続けてきた。
行橋発のレールバス内、初老の男が、感慨深げに車窓を眺めていた。
彼にとって、コトコトコト、と車輌が発する音は、単なる雑音では
なく、ノスタルジーの世界へと導いてくれる呟きに感じられた。
* * *
・・・コトコトコト。コトコトコト。
ボクはへいちく。行橋市を過ぎ、今、みやこ町豊津(旧豊津町)だよ。
豊津は文化と歴史のまち。奈良、平安時代には、国府が置かれた地で、
国府跡は史跡公園となり、付近の国分寺には三重の塔も建っているよ。
また、幕末に藩庁が置かれた豊津には、藩校を起源とする県下で最も
古い伝統を有する育徳館高校(創立267周年、旧豊津高校)があり、
校内には、黒門(藩校時代の校門)等、多くの文化財が存在するんだ。
モモちゃんは、33歳で高校の教師になり、一度は地元を離れたけど、
その後、母校でもある豊津高校に赴任し、また、ボクとの縁が復活。
学校は平成16年に中高一貫校になり、校名を豊津から藩校時代の
育徳館に戻して、6年間という新しい形での教育がスタートしたね。
現在、育徳館に通う多くの生徒が、最寄りの駅から新豊津駅(平成2年
に新設)までボクを利用してくれていて、今でも朝夕の通勤時間帯は、
混雑しているんだ。勉強や部活動に頑張っている生徒達を毎日、無事に
送り迎えすることが、ボクの大切な役割。まだ中学に入学したばかりで、
あどけなく、不安そうにボクを利用していた子供達が、成長していく。
高校3年生までの6年間は、いろんなことに思い悩みながら心と体が
大きく変化する思春期。大人になるための大切なときで、成人年齢が
18歳になってからは、より重要な過程になったね。
に新設)までボクを利用してくれていて、今でも朝夕の通勤時間帯は、
混雑しているんだ。勉強や部活動に頑張っている生徒達を毎日、無事に
送り迎えすることが、ボクの大切な役割。まだ中学に入学したばかりで、
あどけなく、不安そうにボクを利用していた子供達が、成長していく。
高校3年生までの6年間は、いろんなことに思い悩みながら心と体が
大きく変化する思春期。大人になるための大切なときで、成人年齢が
18歳になってからは、より重要な過程になったね。
モモちゃんの教え子達も数多く、ボクを利用してくれたよ。朝の課外
授業に間に合うように早朝から乗車し、単語帳を開く生徒や楽しそう
にお喋りする生徒。部活動の生徒達は遅くまで練習し、暗くなって
から大きなスポーツバックや楽器などを持って乗車。みんなクタクタ
で、車内でウトウト。中には熟睡し乗り過ごしそうになる子もいたよ。
生徒達はみんな、大切なお客さんでボクを必要としていると思うんだ。
もし、ボクが走れなくなったら・・・、生徒達は、どうなるんだろう。
それが、今、一番心配していることなんだ。

* * *
・・・コトコトコト。コトコトコト。
子供たちへの思いを馳せながら、レールバスは新豊津駅を定刻に出発。
田畑の脇を走り抜けると、ほどなく、東犀川三四郎駅(平成5年に新設)
に到着した。この駅は、文豪・夏目漱石の愛弟子であり、小説“三四郎”
のモデルといわれる小宮豊隆(明治35年豊津中卒)の実家が駅付近に
あったことに因み名付けられた。この辺りは、みやこ町犀川(旧犀川町)。
周囲を水田に囲まれ駅に停車していたレールバスは、ゆっくりとホーム
から遠ざかり、また、コトコトコトを動き始めた。次の停車駅は、車窓を
眺める初老の男の故郷である犀川駅。男の脳裏には、幼い頃からの様々な
想い出が蘇ってきた。 (次回につづく)

授業に間に合うように早朝から乗車し、単語帳を開く生徒や楽しそう
にお喋りする生徒。部活動の生徒達は遅くまで練習し、暗くなって
から大きなスポーツバックや楽器などを持って乗車。みんなクタクタ
で、車内でウトウト。中には熟睡し乗り過ごしそうになる子もいたよ。
生徒達はみんな、大切なお客さんでボクを必要としていると思うんだ。
もし、ボクが走れなくなったら・・・、生徒達は、どうなるんだろう。
それが、今、一番心配していることなんだ。

* * *
・・・コトコトコト。コトコトコト。
子供たちへの思いを馳せながら、レールバスは新豊津駅を定刻に出発。
田畑の脇を走り抜けると、ほどなく、東犀川三四郎駅(平成5年に新設)
に到着した。この駅は、文豪・夏目漱石の愛弟子であり、小説“三四郎”
のモデルといわれる小宮豊隆(明治35年豊津中卒)の実家が駅付近に
あったことに因み名付けられた。この辺りは、みやこ町犀川(旧犀川町)。
周囲を水田に囲まれ駅に停車していたレールバスは、ゆっくりとホーム
から遠ざかり、また、コトコトコトを動き始めた。次の停車駅は、車窓を
眺める初老の男の故郷である犀川駅。男の脳裏には、幼い頃からの様々な
想い出が蘇ってきた。 (次回につづく)

※平成ちくほう鉄道(本社・福岡県金田町)は第三セクターとして設立され、赤字廃止対
象路線であったJR田川線(26.3km)、伊田線(16.1km)、糸田線(6.8km)の経営を平成元年1
0月に受け継いだ。新聞報道によると利用者はピーク時の4割まで減少し、28期連続で
赤字を計上している。現在、存続をめぐり、県が設置した法定協議会で鉄道維持やバス転
換などの案が示され、今年3月までに方針が決まる予定。
象路線であったJR田川線(26.3km)、伊田線(16.1km)、糸田線(6.8km)の経営を平成元年1
0月に受け継いだ。新聞報道によると利用者はピーク時の4割まで減少し、28期連続で
赤字を計上している。現在、存続をめぐり、県が設置した法定協議会で鉄道維持やバス転
換などの案が示され、今年3月までに方針が決まる予定。
by inakasanjin
| 2026-02-01 10:00
|
Comments(0)


