2025年 07月 01日
“令和の米騒動”と田植え
先日、実家の田植えを無事に終え、ホッと一息。
近年、筋肉痛が癒えるまで時を要するようになった。
山里で生まれ、飛び交う蛍を眺めながら育った私。
幼い頃は手植えで、猫の手も借りたいほどの忙しさ。
子供も重要な労働力で、農繁休暇で学校は休業日だった。
大人になり家を出て、今は弟が実家を継いでいる。
現在、私の役割は田植えや稲刈り等の際、駆けつけることだ。

兼業農家として代々伝わる田んぼを守ってくれている弟。
機械化で多くの人手は、必要ではなくなったが、トラクター、
田植機、コンバイン等を揃えると一千万円以上の資金が必要。
農業収入はほとんどなく、会社勤めの給与で農機具を揃える。
多くの農家は、兼業をしなければ米作りを続けられない状態だ。
また、高齢化の影響もあり、離農が相次いでいる我が故郷。
頑張っている米作り農家も「農機具を買い揃える余裕はない。
今、使っている機械が壊れたらもうやめる」と口々に言う。
近い将来、実家周辺は雑草が生い茂る耕作放棄地だらけとなり、
猪や鹿が走り回る獣たちの楽園となってしまう可能性が高い。
“令和の米騒動”と称される米価の高騰が話題となっている。
誰かが利益を得ているのだろうが、農家の経営に変化はなく、
10数年間下がり続けた生産者米価が下げ止まったに過ぎない。
騒動は“米は余剰”という形で無視し続けてきた農政へのツケ。
評論家は減反見直しや生産規模の拡大等、対策を自慢げに語るが、
現場への説得力に欠け、後継者づくりを含め解決は容易ではない。
土作りや水の管理が重要な田は、一度荒廃すれば中々元に戻らない。
離農を食い止めるためには、農機具への助成金等の緊急措置、
速効性のある農家への個別対応が必要だと思うのだが・・・・。

そういえば、平成の時代にも米騒動があり、世の中は大騒ぎ。
なりふり構わぬ米の緊急輸入で何とか急場をしのいだが・・・。
悲しいかな、喉元過ぎれば熱さを忘れる、の諺の如く、
直ぐに世間の米への関心は消え去り、結局のところは元の木阿弥。
抜本的な農政の改革は行われないまま、米農家は放置され続けた。
“国の食糧安全保障を考えると米の自給体制維持は欠かせない”
“保水能力などの環境保全を考えると水田の役割は極めて重要だ”等
米作りの重要性は叫ばれ続けているが、行動が伴わないのが日本の農政。
今回も米価が安定すれば、再び世間の関心は薄らいでいくのだろうか。
そして、食糧危機になった時にその深刻さに気づき後悔する。
しかし、それでは、遅すぎるのであって、国が滅びてしまう。
もしかして、令和の米騒動は、そうならないための忠告なのかも・・。
政治家や官僚の皆さん。稲穂の国・ニッポンをよろしくお願いします。
ともあれ、弟の大変な頑張りと私の些細な手伝いで植わった早苗たち。
今は、猪と鹿対策の柵に守られながら、すくすくと育っている。
次に私が筋肉痛になるのは秋の予定。
台風や異常気象など、今後、様々な心配ごとがあるが、
なんとか、無事に収穫の季節を迎えたいものだ。
その頃、令和の米騒動は、どうなっているのだろうか。

by inakasanjin
| 2025-07-01 10:00
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