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カラン、コロン。私の『城崎にて』


旅行と温泉が好き。
時間とお金があれば、いつも全国各地をブラブラ。
そんな私だが、まだ、城崎温泉には行ったことがなかった。
昨年、それでは兎に角、と思い立ち、城崎を訪ねた。
愛車と共に門司からフェリーで大阪に渡り、
近畿地方を縦断して日本海側の舞鶴へ。
世界記憶遺産に登録されている舞鶴引揚記念館で、
シベリア抑留や引き上げに関する展示物を見学。
複雑な思いで桟橋から海を眺め「岸壁の母」を口ずさんだ。
日本三景の一つ、天橋立にも立ち寄り、股の下から絶景を眺めた。
その後、京都から兵庫への県境を越えて城崎に到着した。

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城崎は兵庫県北部の温泉街で、開湯から1300年という。
観光協会のHPを見ると“日本一、浴衣が似合う場所。
駅が玄関、道は廊下、宿は客室、外湯は大浴場”とあった。
なるほど、それでは、と旅館に着いて直ぐに浴衣に着替え、
玄関先に並ぶ下駄を履いて、外湯巡りに出発。
ここにある七つの外湯を目当てに、湯治客がやってくる。
温泉街を巡り、特に印象的だったのが高齢者ではなく、
若い女性やカップルの湯治客が多いことだった。
みんな、浴衣に下駄履き。手にはタオルや入浴グッズ。
スマホを片手に忙しげに歩く日常とは、全く異なる光景だった。

カランコロン、カランコロン。
下駄の音が響き渡る温泉街。
風情ある柳並木に、若者の浴衣姿がよく似合う。 
川に架かる太鼓橋からレトロな光景を眺めていると、
HPの“日本一、浴衣の似合う場所”との言葉が頷けた。
また、城崎は志賀直哉の小説『城崎にて』でも知られ、
多くの作家に愛された文学の香りが漂う温泉街。
電車にはねられて重傷を負った志賀直哉は、
その療養のために城崎にやってきて、
自らの体験を元に『城の崎にて』を著した。
蜂やネズミ、イモリの死を通して、
自己の人生を見つめる主人公の姿から、
志賀の思いが、伝わってくる作品だった。

一方私は、この旅で自己の人生を見つめることなく、
行き交う浴衣姿の湯治客をボンヤリと見つめただけ。
そんな思慮のない薄っぺらな、城崎にて、だったが、
温泉街に響く下駄の音が、とても心地良かった。
旅において、過剰に抱く期待は裏切られることが多いが、
城崎は期待以上の情緒があり、魅力的な温泉街だった。

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そんな城崎温泉で、先日(5月5日の未明)、火災があり、
老舗旅館が全焼。多くの宿泊客が突然の避難を強いられた。
慌てて旅館を飛び出した、という浴衣姿の女性が、
「服も荷物も全てが燃えてしまい、戸惑っています」と
落胆した様子で、テレビのインタビューに応えていた。
その際、何故か、背後に映っていた柳も淋しげに見えた。
また、元気を取り戻した柳と再会し、下駄の音を響かせたい。



by inakasanjin | 2025-06-01 10:00 | Comments(0)