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「冬景色」は「砂景色」だった 

 歌は、昭和52年(1977)発売の「津軽海峡・冬景色」(阿久悠・作詞/三木たかし作曲)で、石川さゆり(64)が唄って大ヒットした「替え」である。

  上野発の夜行列車 おりた時から/青森駅は雪の中/
  北へ帰る人の群れは 誰も無口で/海鳴りだけをきいている/
  私もひとり連絡船に乗り/こごえそうな鴎見つめ泣いていました/
  ああ津軽海峡・冬景色      ―「津軽海峡・冬景色」

 遠いUAE(アラブ首長国連邦)のアブダビの駐在員に流行っていた替え歌だそうだ。

  成田発の夜行便 おりた時から/アブダビ空港は砂の中/
  南へ下る人の群れは 誰も無口で/砂鳴りだけをきいている/
  私もひとりひたいに汗して/ねむたそうなラクダ見つめ泣いていました/
  ああホルムズ海峡・砂景色//
  ごらんあれがオーマン岬 北のはずれと/見知らぬ人が指をさす/
  砂でくもる窓のガラスふいてみたけど/下には砂漠が 見えるだけ/
  さよならアラブ 私は帰ります/砂の音が胸をゆする 泣けとばかりに/
  ああホルムズ海峡・砂景色 ―「ホルムズ海峡・砂景色」

 昭和、平成、令和と時の経つのは早い。すでに「昭和は遠くなりにけり」の感さえする。
 Nさんは昭和59年(1984)から2年間、アブダビで暮らしたという。今、アブダビは高層ビルが立ち並び、緑豊かな近代的大都会になっているそうだが、当時、高層ビルも数えるくらい。砂地広がる大地。緑も白茶けたもので駐車場の車も砂に埋まるほどだったという。彼のマンンションは20階建てだった。そしてショッピングモールへ行くにしてもドバイまで130㌔余りかかった。また街に出ても中華、アラブ、インド料理などのレストランに入っても酒は出なかった。
 娯楽も非常に少ない地。日本商社らの仲間の家で駐在員同士の交流が盛んだった。そこでは酒も飲め、家庭料理を楽しく味わえた。また国際ニュースを聞きたくて短波放送を必死にチューニング、情報収集に努めた。そんな日本人同志の懇親では「日本の歌」が人の心を繋いだ。やはり、昭和の時代は人と人の繋がりが強かったようだ。
 隣はなにをする人ぞ、ではなく、ゆっくり時を紡いだ「昭和」の心を取り戻したい。


by inakasanjin | 2023-08-18 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)