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作家・画家・音楽家三兄弟

 作家の鶴田知也(1902~88)は、福岡県小倉市大阪町(現北九州市)で高橋乕太郎の3男として生まれ、後、原籍の豊津村(現みやこ町)に移り、母の兄・鶴田和彦の養子になった。豊津中(現育徳館高)入学後、葉山喜樹らと交流。東京神学社神学校に進み、北海道に渡った。酪農業に興味を抱き、ロシア文学に浸った。後、神学校を中退し帰郷、葉山らの誘いで労働運動に身を投じることになる。その頃、郷里の豊津で手書き回覧同人誌『村の我等』を弟2人や落合久生、大石千代子らと発刊する。後『文芸戦線』などに作品の発表を始める。昭和11年(一1936)『コシャマイン記』で第3回芥川賞を受賞した。

 鶴田の随想「等閑記」に好きだった川漁について「(略)私の故郷は、小高い山の上(略)修験道で名のある英彦山に源を発するのが西の今川で、英彦山の隣の求菩提山からのが東の祓川であった。末流を周防灘に注ぐ両川ともアユが豊富だった(略)白砂が多くそして流れのゆるやかな今川のアユは黄色味の勝った見た目に優しい体形だったのにたいし、玉石だらけのそしてより流れの早い祓川のアユは、黒ずんでたくましかった。(略)」と郷土への想いを懐かしむ。

 併せて弟二人について「(略)東京には、私も世話になった叔父が、千駄ヶ谷にいたし、そこに、絵の勉強をしていた私のすぐの弟〈福田新生〉が厄介になっていた(略)」と「(略)私の次の次の弟は、音楽家を志し、いくらか世に知られるようになった時亡くなった。時折亡弟の作曲したり編曲したりした小曲が演奏されている。名前は3つある。本名高橋信夫、変名北沢三郎と大井辰夫―(略)」との憶いを記している。

 福田新生(1905~88)は、豊津中卒業後、光風会に初出品、帝展初入選、一水会に出品、日展出品を始める、渡欧、後「土蔵の前で」が日展の内閣総理大臣賞を受賞する。日展参与になる。農漁村の労働者を好んで描き、生活の力強さを画面に表す画家だった。
 高橋信夫(1907~45)は、小倉中に入学後、一家転住で豊津中に編入。東京音楽学校受験で上京、だが吐血して受験断念。後、東京音楽書院に入社。作詞、訳詞、作曲、編曲を1000曲以上発表。ドイツ民謡の作詞「お祭り」は代表作。38歳の若さで逝った。

 人の才能はどんな形で発揮されるかわからないが、3兄弟がそれぞれ作家、画家、音楽家として花開いたのは珍しいだろう。風土が生んだ芸術家の魂を受け継ぎたいものだ。




by inakasanjin | 2023-06-30 09:00 | ふるさと京築 | Comments(0)