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105歳の大往生 

 日本最高齢現役医師であり医学博士の日野原重明さん(1911~2017)は「98歳で俳句を創めました」といい、これまでの作品を厳選、纏めて句集『10月4日104歳に104句』を出版した後、2017年7月8日に105歳の大往生を遂げた。


 日野原さんは、山口県吉敷郡下宇野令村(現山口市)生まれのキリスト教徒。父親の転勤で大分、神戸に住む。昭和7年(1932)京都大医学部に入学、後、結核に罹患し広島、山口で闘病生活。病気完治後、昭和16年、聖路加国際病院の内科医に就く。国際基督教大教授を4年務め、石橋湛山首相の主治医ともなる。特異な体験として昭和45年のよど号ハイジャック事件に遭遇、韓国の金浦国際空港で開放されるが、犯人らからは信頼される乗客だったという。医学の道では予防医学に取り組み「人間ドッグ」を提唱、開設。また「成人病」の名称を「生活習慣病」に改め、普及させるなど医療改善を推進した。

 平成17年(2005)には文化勲章を受章。そして高齢者が活躍できる社会の在り方を提言し「新老人」を提起『生きかた上手』がベストセラーになるなど、高齢化社会を豊かに生きるを象徴する人であった。とにかく「死をどう生きるか」を問い続け、伝え続けて「生きる」意味を考えさせた。紡がれた詞は笑えて泣ける、元気になれる1冊だ。


  ヘリに乗りマンハッタン見下ろす百二歳   私には余生などないよこれからぞ

  もみじの手ひ孫に送る俳句かな       患者への癌の告知はアートなり 

  生き方は人間のみが変えられる       百三歳馬に跨る我が勇気

  若者に分かりやすく医学を語る       百四歳長い道にもまだ何か


 彼のエッセイ≪105歳、私の証あるがまゝ行く≫の最終回に「自宅の庭には、妻の遺骨がほんの少しばかりまかれています。亡き妻はここに静かに眠っていると思います。私の名を付けた深紅の薔薇「スカーレットヒノハラ」と、妻の名を付けた淡いクリーム色の「スマイルシズコ」も今頃、長野の公園で花を咲かせていることでしょう」と記す。


 日野原さんは、カナダの医学者ウイリアム・オスラーの「医学は科学に基づくアートである」が座右の銘という、が、彼の生涯は、まさに「人間、生きることがアート」である実践者だったと言っていい。人生を謳歌する、楽しむことを優しく伝えてくれた人だ。


by inakasanjin | 2022-12-09 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)