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五輪真弓「心の友」は世界の心 

 冬のクリスマス頃になると、妻は、何故か五輪真弓(1951~)の「恋人よ そばにいて こごえる私のそばにいてよ そしてひとこと この別れ話が 冗談だよと 笑ってほしい」フレーズの『恋人よ』を口ずさむ。


 最近、五輪の作詞・作曲『心の友』がインドネシアで第2の国歌といわれるほど愛され、唄われているのを知った。昭和60年(1985)にインドネシアで大ヒット。中学校の音楽授業の課題曲になり、世代を超えて「日本語」で歌い継がれていると聞く。歌は国境を越え、人と国を結ぶ。詞とメロディーがいいという。


  あなたから苦しみを奪えたその時/私にも生きてゆく 勇気がわいてくる//

  あなたと出会うまでは孤独なさすらい人/その手のぬくもりを 感じさせて//

  愛はいつもララバイ/旅に疲れた時/ただ心の友と/私を呼んで//

  信じあう心さえどこかに忘れて/人は何故 過ぎた日の幸せ追いかける//

  静かにまぶた閉じて心のドアを開き/私をつかんだら 涙ふいて//

  愛はいつもララバイ/あなたが弱い時/ただ心の友と/私を呼んで//

  愛はいつもララバイ/旅に疲れた時/ただ心の友と/私を呼んで ―心の友


 五輪(いつわ)は本名。彼女は東京都中野区生まれだが、長崎県五島列島の久賀島「五輪」出身だそうで父は敬虔なカトリック信者。お爺さんは教会でオルガンを弾いていたという「音楽一家」だったようだ。オリンピックの「五輪」ではないが、世界を繋ぐ「五輪」に因む土地がルーツという不思議。自然に囲まれた「素の心」が、彼女の心を育んでいたのであろう、詞と音が、国を超えて人の心を結んだ。


 その経過を追うと、昭和57年、彼女のアルバム『潮騒』が発売され、そのなかに「心の友」が収録された。翌年、インドネシアのラジオ関係者がアルバムを聴き、国に持ち帰って放送したのがきっかけになり「庶民の国歌」にまで普及。日本人に「ココロのトモ」と呼びかけるまでになっているという。そして平成16年(2004)に起きたマグニチュード9・1のスマトラ地震では、甚大な被害を被った人々が「心の友」を口ずさみ、心の支えにしたという。


 考えて見れば、1人が「この歌はいいなぁ」と感じたことで、海を渡り、その地で広まって万人の心通う歌になった。今、すぐに視聴できる時代になった。心に沁みる歌だ。世界の心が1つになることを願う。


by inakasanjin | 2022-09-30 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)