2022年 06月 17日
アメリカのロスアラモス
長崎の被爆の惨状をつづった『長崎の鐘』は、戦後大ベストセラーになった。作者の永井隆(1908~51)は「原子野の聖者」として崇められていく。昭和天皇も全国巡幸の折、彼の病床を見舞って「どうか早く回復することを祈っています」とねぎらったと言われる。
しかし、彼への礼讃の中〝原爆は神の摂理〟なる永井説に疑義をもつ人も多かった。自身も被爆者であった詩人の山田かん(1930~2003)は「長崎原爆に神や祈りのイメージを付加、被爆者を沈黙させ、アメリカの罪悪を覆い隠す役割を果たした」と批判。著書のタイトルは、永井の「新しく朝の光のさしそむる荒野に響け長崎の鐘」の歌から採ったと言われるが、出版は、GHQも絡む、仕組まれたものだったようだ。
山田かん、本名は山田寛(ひろし)、父はキリスト教信者。8人兄妹の長男として長崎市で生まれた。旧制中学3年の時、被爆、長崎県立図書館に勤務。昭和27年(1952)から詩人として活動を開始。翌年、被爆した妹が自ら命を断った。後『いのちの火』第1詩集を刊行。彼は現代詩新人賞や長崎県文芸賞などを受賞、原爆ナガサキを詠い続けた。
山田にアメリカの「ロスアラモス」という小さな町の名の詩がある。
知らなかった ロスアラモスを 1945年8月9日 午前11時2分 そのとき
知る必要もなかった 知っていたのは 脳天も突きあがるほど知っていたのは
擦りあった馬鈴薯のように 皮膚は垂れさがり 肉は熔け 泣き 叫び 血はあふれ(略)
地名事典によると ロスアラモスは 米国ニューメキシコ州の小都市 ヘメス山脈の中の
1つのメサの上にあり海抜約2400米 サンタフェの西北 64キロの
所人口約7千 1942年原爆研究所の敷地にえらばれ ウラニウム235と
プルトニウムの組合せになる原爆はここで完成した 空中写真にそれは 毒蜘蛛のよう(略)
ロスアラモスは、高山植物が美しく、コヨーテなどの野生動物も生息する自然豊かな町。
そこでノーベル賞受賞者21名を擁するマンハッタン計画で原子爆弾開発を目的とする国立研究所を創設、そして開発・製造された原爆「リトルボーイ」は広島、「ファットマン」は長崎に投下された。
永井の〝神の摂理〟に首肯できない山田は〝ナガサキ原爆〟の原点を見つめつづけて、生きて、詩を詠んだ。ここにも原爆詩人の1つの姿がある。