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強くて悲しい火だるま槐多

 かなり昔、長野県上田市の信濃デッサン館(現「KAITA EPITAPH残照館」)を訪ね、数点の「暗くて重い絵」を観た。何だ、この絵は。と強烈な印象。画家・村山槐多(1896~1919)の作品だった。漲る命をガランス(深い茜色)で表現、人間究極の虚無表現なのか退廃的な美を刻み、遺す。彼は、百年前のパンデミック・スペイン風邪に罹って寝込んでいたが、2月の深夜、みぞれ交じりの嵐の中に飛び出し、翌朝、畑で発見された。 


 彼は愛知県岡崎市で生まれた。名は、母が女中奉公をしていた森鷗外によって名付けられたと伝わる。また母方の従兄(画家の山本鼎)に導かれて画の道に進んだとされる。「川沿ひの道」「カンナと少女」「猿と女」「湖水と女」「乞食と女」など次々に創作を続けた。一方で名妓を援助、酒に溺れ、結核性肺炎にかかり、自死をも考える中、詩作を深め、歌も詠むなど死に向き合い、死との戦いを徹底する姿勢で創作活動に没頭。彼の詩と歌を追う。


   ためらふな、恥ぢるな/まっすぐにゆけ/汝のガランスのチューブをとって/

   汝のパレットに直角に突き出し/まっすぐにしぼれ/そのガランスをまっすぐに塗れ/

   生のみに活々と塗れ/一本のガランスをつくせよ/空もガランスに塗れ/

   木もガランスに描け/草もガランスにかけ/魔羅をもガランスにて描き奉れ/

   神をもガランスにて描き奉れ/ためらふな、恥ぢるな/まっすぐにゆけ/

   汝の貧乏を/一本のガランスにて塗りかくせ。──「一本のガランス」


   金のせき紫のせきする病われにとりつき離れざりけり


 槐多は、美術院の研究生時代、高村光太郎の工房に出入りした。光太郎の哀悼詩がある。


  槐多は下駄でがたがた上って来た。/又がたがた下駄をぬぐと、

  今度はまっ赤な裸足で上って来た。/風袋のやうな大きな懐から

  くしゃくしゃの紙を出した。/黒チョオクの「令嬢と乞食」。//

  いつでも一ぱい汗をかいてゐる肉魂槐多。/五臓六腑に脳細胞を

  偏在させた槐多。/強くて悲しい火だるま槐多。/無限に渇したインポテンツ。//

  「何処にも画かきが居ないぢゃないですか、画かきが。」/「居るよ。」/

  「僕は眼がつぶれたら自殺します。」//

  眼がつぶれなかった画かきの槐多よ。/自然と人間の

  饒多の中で野たれ死にした若者槐多よ、槐多よ。──「村山槐多」


by inakasanjin | 2022-04-29 09:00 | 歴史秘話 | Comments(0)