2022年 03月 04日
世界初の『源氏物語』翻訳者
世界最古の長編小説『源氏物語』を、世界で初めて英訳出版したのは豊前国前田村(現福岡県行橋市)生れの末松謙澄(1855~1920)といわれる。謙澄の足跡を辿る。
彼は、大庄屋・末松房澄の四男に生まれ、慶応元年(1865)地元の漢学者・村上仏山が開いた私塾「水哉園」で漢学と国学を学んだ。明治4年(1871)上京。高橋是清を知って高橋に漢学を教え、高橋から英語を学んで、親交を深めた。後、東京師範学校に入学するが、不満を抱いて中退。東京日日新聞に記事を売り込み、笹波萍二のペンネームで社説を執筆するまでになった。その後、伊藤博文の知遇を得て、官界に入り、日朝修好条約の起草に参画。また山縣有朋の秘書官として西郷隆盛への「降伏勧告状」も記した。
明治11年、イギリス留学を命じられ渡欧。公使館勤務だったが、歴史を学ぶため依願免官。ケンブリッジ大学に入学。在学中は文学活動をすすめ、明治15年に『源氏物語』を英訳した。
『源氏物語』は、平安時代の寛弘5年(1008)初出の貴族社会を描いた長編物語として読み継がれている。謙澄は、日本は野蛮国だとの蔑みを消すために千年前の日本文化の象徴であり素晴らしい作品の『源氏物語』をイギリスで英語翻訳したようだ。
その後、1925年にアーサー・ウェイリー(イギリス/1889~1966)訳、1976年にエドワード・サイデンステッカー(アメリカ/1921~2007)訳、1994年にヘレン・マッカラ(アメリカ/1918~98)訳、2001年にロイヤル・タイラー(イギリス/1936~)訳がなされ、世界の「源氏物語五訳』とされているようだ。それぞれの国の文化は翻訳者により「翻訳」されて国と国を繋ぎ、人と人を結んでいる。
翻訳について、平成29年(2017)の国連総会では「国々を結び、平和と理解と発展を促進するため、翻訳者が果たす役割」は重要だとして、キリスト教の聖職者ヒエロニムス(347頃~420)が亡くなった日の「9月30日」を「世界翻訳の日」と認定。ところで謙澄は安政2年(1855)9月30日が誕生日。聖書を「ラテン語」に「翻訳」してキリスト教に足跡を残した人物の「命日」と、東洋の小さな島国の文化を「英語」に「翻訳」して世界に広めた人物の「生誕」が不思議と重なった。だとするなら謙澄生誕地の行橋市は新たな文化事業として「日本翻訳大賞」創設を立ち上げてもおかしくはないと思う。