2021年 12月 31日
妙訳、サヨナラだけが人生
詩人で翻訳家の上田敏(1874~1916)は、明治38年(1905)にフランス、イタリア、ドイツ、イギリスなどの詩人29名の57篇を訳詩集『海潮音』として刊行した。欧米詩人の原詩を遥かに凌ぐと言われる訳は、高い評価と評判。異言語を日本人のリズムと感性に添う「訳」は、素晴らしい「日本語の詩」を誕生させた。山と海の2篇を拾う。
ドイツの詩人・カール・ブッセ(1872~1918)の「山のあなた」を拾う。
山のあなたの空遠く/「幸」住むと人のいふ。/
噫、われひとゝ尋めゆきて、/涙さしぐみ、かえりきぬ。/
山のあなたになほ遠く/「幸」住むと人のいふ。
フランスの詩人・テオドール・オーバネル(1829~86)の「海のあなたの」を拾う。
海のあなたの遥けき国へ/いつも夢路の波枕、/波の枕のなくなくぞ、/
こがれ憧れわたるかな、/海のあなたの遥けき国へ。
ところで「妙訳」というより「超訳」と言っていい「訳」がある。日本人にピタリ馴染むもので、唐の詩人・于武陵(うぶりょう)の詩「勧酒(かんしゅ)」の翻訳だ。
勧看金屈巵(君に勧む 金屈巵) 満酌不須辞(満酌 辞するを須いず)
花発多風雨(花発けば 風雨多し) 人生足別離(人生 別離足る)――「勧酒」
この漢詩「勧酒」を作家の井伏鱒二は「サヨナラだけが人生だ」と訳している。
コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏の「サヨナラだけが・・」を受けて歌人の寺山修司は「幸福が遠すぎたら」を詠んだ。
さよならだけが 人生ならば/また来る春は 何だろう?/
はるかなはるかな 地の果てに/咲いている 野の百合 何だろう//
さよならだけが 人生ならば/めぐり会う日は 何だろう/
やさしいやさしい 夕焼けと/ふたりの愛は 何だろう//
さよならだけが 人生ならば/建てた我が家 なんだろう/
さみしいさみしい 平原に/ともす灯りは 何だろう/
さよならだけが 人生ならば/人生なんか いりません ――「幸福が遠すぎたら」
翻訳は、直訳や抄訳、意訳、重訳、自由訳などあるが、要は「意」が伝わることだろう。

