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新撰組「誠」の人びと

 幕末の動乱期、多くの英雄が誕生した。中でも「新撰組」は集団として際立った。新撰組は尊皇攘夷、倒幕運動の志士から徳川幕府を守るため、清河八郎の献策で町人や農民、浪士などで構成する「壬生浪士組」の非正規組織を「会津藩預かり」として発足させた。

 新撰組は、文久3年(1863)の「8月18日の政変」後、芹沢鴨と近藤勇を中心にスタートしたが、芹沢が乱暴狼藉をくり返すため、会津藩の命令による内部抗争で暗殺、後、近藤が率いることになった。組織は厳しい鉄の掟「局中法度」を作り、守らせた。


1、士道二背キ゚間敷事  1、局ヲ脱スルヲ不許  1、勝手二金策致不可

1、勝手二訴訟取扱不可 1、私ノ闘争を不許  右条々相背候者切腹申付ベク候也


 新撰組は「池田屋事件」に関与「禁門の変」に参加「鳥羽伏見の戦い」に参戦するなどしたが、明治2年(1869)の戊辰戦争終結後に解散。約6年で組織は消えた。

 新撰組は真で偽りのない忠義一筋の「誠」の「隊旗」を掲げて突き進んだ。儒教の教えの「至誠、天に通ず」に沿い、仏教と神道が結ばれる武士道にあって、誠は「言」を「成」す、いわゆる「武士に二言はない」に由るとされる。しかし、一方では「人きり集団」と呼ばれ、新政府下では「賊軍」だった。彼らの詠んだ歌など、いくつかを拾って見る。


   雪霜に色よく花の魁けて散りても後に匂ふ梅が香       芹沢鴨

   綾なる流れに藤の花にほうわが生涯に悔はなし        近藤勇

   たとひ身は蝦夷の島根に朽つるとも魂は東の君やまもらむ   土方歳三

   鉾として月見るごとにおもふ哉あすはかばねの上に照かと   沖田総司

   武士の節を尽して厭まても貫く竹乃心一筋          永倉新八

   我も同じ台やとはん行末は同じ御国にあふよしもがな     武田観柳斎

   益荒雄の七世をかけて誓いてし言葉たがはじ大君のため    藤堂平助

   死にてなほ君につかふる真心は千歳をふとも朽ちるものかは  鈴木三樹三郎


 新撰組は、壬生浪士24名から出発し「大政奉還の頃」には同志も増え、最大時は227名にのぼったようだ。組織は「結成」「発展」「分裂」「解散」を歩み、自らの「誠」で国を守ろうとしたことは確かだ。今、どれだけ「誠」をもって国を思う人がいるだろうか。

         


by inakasanjin | 2021-11-26 09:00 | 歴史秘話 | Comments(0)