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国民に愬ふー奥村喜和男

 歴史の転変で、時が人をつくり、人が時をつくるというが、逆に時が人を消すこともあるようだ。いくら時代を動かしていても、時が過ぎると消える人物も出てくる。今、消えた郷土人に光を当てて見たい。福岡県行橋市天生田生まれの奥村喜和男(1900~69)の痕跡を辿ってみる。一時代を画した人物だったようだが、消え、隠れ、埋もれたままだ。

 奥村は今川尋常小から豊津中に入学して勉学に励み「(略)一番奥村喜和男とあり、嗚呼!不肖自分が学生の理想、首席を捷得たるなり。月桂冠を戴けるなり。(略)」と記し、首席卒業をした。同級には文部大臣を務めた劒木亨弘(1901~92)がいた。

 奥村は第五高(現熊本大)に進み、そこも首席卒業して東大法学部に入学。高等文官試験に合格。大正14年(1925)に逓信省に入省。そこで「電力国家管理案」をまとめ、電力会社の「民有国営」実現に奔走。そして統制経済の推進役も務め、岸信介商工次官や迫水久常大蔵官僚らとともに「革新官僚」の一翼を担って活躍した。後、昭和16年(1941)には東條英機内閣の「内閣情報局次長」に任じられた。東條側近のひとりとして戦時国民の世論の形成や扇動の実務を担った。国民鼓舞の一環であるのだろうか、昭和16年12月8日の第二次世界大戦に向け、昭和天皇による宣戦布告の後、奥村は「宣戦の布告に当り国民に愬(うつた)ふ」と題して、その夜、国民に向けて長い放送をした。その「愬ふ」長文を抄録する。


 日本は、われらの祖国日本は、本日実に重大なる運命の中に突入したのであります。真に皇国の興廃を賭して万里の波濤を拓開せんとする苦難の道へ突進したのであります。(略)歴史の上に堅く刻み込まるゝ日となりました。(略)本日、米国及び英国に対し、畏くも宣戦の御詔勅が渙発せられたのであります。(略)この度の戦ひは、アジア恒久の平和と光栄のために、千年の禍の根源を絶たんとするのであります。(略)清浄の大地の上に、揺ぎなき平和の礎を置かんとするのであります。国民諸君、同胞諸君、今正に時は到ったのであります。(略)われら国民の決心は「今日よりは顧みなくて大君の醜の御楯と出で立つ我は」と同じ心であります(略)天皇陛下万歳(略)


 彼は放送2年後、情報局次長を辞任し退官した。時代に求められ、要請を享け、素直に従った人物が居たのは事実、だが後の世、彼は語られることなく居た事さえ忘れられている。


by inakasanjin | 2021-10-01 09:00 | 歴史秘話 | Comments(0)