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自由律俳人の「原爆句碑」

 昭和20年(1945)8月6日、午前8時15分、広島にウラニュウム爆弾が投下された。人口約42万人の内、死者・行方不明者は122338人。9日、午前11時2分、長崎にプルトニュウム爆弾が投下された。人口約24万人の内、死者・行方不明者は73884人。日本は、人類で初めて原子爆弾という破壊兵器による被害を受けた。そして、15日、昭和天皇の玉音放送によって日本の降伏が公表され、終戦の日を迎えた。長崎の平和公園に「原爆句碑」があるのを知った。

 その碑には、自由律俳人松尾あつゆき(1904~83)の句が刻まれている。彼の略歴は、長崎生れ、長崎高商卒、教師だった程度で詳しくは判らないが、学生時代から荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)に師事、自由律俳句を学んでいた。

 自由律で妻と我が子3人の死を詠んだ原爆句はアメリカ占領軍のプレスコード(報道管制)により発表できず、昭和30年『句集長崎』刊行で一般が知ることとなった。

 「いまわのきわにー原爆句抄」を追って抄録する。体験を紡ぐ言葉は心をゆらす。


▼8月9日 長崎の原子爆弾の日。我が家に帰り着きたるは深更なり。

      月の下ひっそり倒れかさなっている下か

▼10日 路傍に妻と二児を発見す。重傷の妻より子の最後をきく(4歳と1歳)

     わらうことをおぼえちぶさにいまわもほほえみ

     臨終木の枝を口にうまかとばいさとうきびばい

     長男ついに壕中に死す(中学1年)

     母のそばまではうでてわろうてこときれて

▼11日 みずから木を組みて子を焼く。ほのお、兄をなかによりそうて火になる

▼12日 早暁骨を拾う。あわれ7ヶ月の命の花びらのような骨かな

▼13日 妻死す(36歳)。ふところにしてトマト一つはヒロちゃんへこときれる

▼15日 妻を焼く、終戦の詔下る。なにもかもなくした手に四枚の爆死証明

     降伏のみことのり、妻をやく火いまぞ熾りつ


 毎年の熱い夏の8月、6、9、15日は、多くの日本人が心鎮めて悼む時を持つ。

 戦争体験のない世代は、残された言葉を真摯に受けて語り継ぐこと、に、尽きる。

 


by inakasanjin | 2021-08-13 09:00 | 文学つれづれ | Comments(0)