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うしろ姿―父を偲んで詠う

 元号「昭和」を考案、昭和16年(1941)12月8日の太平洋戦争開戦の「詔勅」を起草した福岡県みやこ町出身の漢学者・吉田増蔵は慶応2年(1866)生れで平成28年(2016)は生誕一五〇年になる。最近、増蔵の孫娘・湯浅みづほさん(66)が母・吉田松子さん(87)の詠んだ歌を整理した資料を見せて頂いた。父や母、叔父、伯母など身近な人を詠んだ歌がずらりとならぶ。父への歌がある。

 ところで増蔵研究の対談の中に「お嬢さんに『松子』と命名されておられた。松にかかる一輪の月の風情をしのばれてのことであろう」の記述があった。が、


    齢八十となりてわが名の出自判明す家持の歌にあり松の左枝と


 松子さんは詠む。母は、左枝(さえだ)と言い「松」と「左枝」の繫がる歌がある。

 その出典といわれる大伴家持の歌が添えられている。


    八十種の花は移ろう常磐なる松の左枝をわれは結ばな  家持


 つづく歌は、父増蔵の日々の思い出を詠う。3首を拾う。


    甘きもの好みし亡父は七草の粥に砂糖を添へて食みしが

    紅梅の一枝が部屋にあり父の好みし花でありしか

    袴の裾サッサッとさばき父の部屋にのぼりゆきしは佐々木信綱


 生活の一端が垣間見える。親しき友の姿もある。娘から見た父の日常。それに昭和16年12月19日に逝った父の最期を詠む歌は、親を想う娘の心根が伝わる。


    開戦のニュース聞く父のいたましき後姿よ永久に忘れず

    洗面器の吐血の量に驚きし朝より十日後父はみまかる

    開戦の詔勅に身命をかけし父のみまかりし夜


 これは松子さんが迎える「特別な日」の歌だろう。うしろ姿の父を回想する。

 

   めぐりくる十二月八日顕(た)ちくる父の後姿残る言葉(ことのは)


 そして昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御された後に詠んだのであろう。


    皇居前小雨に濡るる小砂利ふみ崩御を悼む人々の波

    いつかくる昭和と別れつげる日が今日この時と亡父に告げたり


 父を偲んで詠う言葉は尽きない、人を思う心もまたしかり。うるわしき世を願う。

            


by inakasanjin | 2021-07-30 09:00 | 歴史秘話 | Comments(0)