2021年 06月 25日
ルネから「カワイイ」が始まる
そうだったのか、と思った。NHKBSプレミアムで「そして〝カワイイ〟が生まれた~内藤ルネ光と影」を観て感じたままを記しておこう。現在、日本のカワイイは世界の共通語のKawaiiになっている。TV番組はカワイイ文化の原点に立つアーティストは内藤ルネ(1932~2007)だ、というドキュメントだった。長年、男性同性愛雑誌「薔薇族」の表紙を描き続けたのは、自らが同性愛者だったことを自伝で告白した内容までを追う、真に迫るものだった。現在、LCC航空に「ルネの少女絵」が描かれた機体が空を飛んでいる。また日本のパンダブームの先駆けとなったキャラクター「ルネパンダ」も健在だ。
ルネは愛知県岡崎市に生まれた。19歳の時、抒情画家の中原淳一(1913~83)に誘われ「ひまわり社」に入社。雑誌編集を手伝いながら挿絵などを描いた。本名は功。少女雑誌で活動する中「瑠根」から「ルネ」に改めマスコット人形やキャラクター文具、インテリア雑貨などのデザインを発表。ルネの描く「少女画」は明るく元気な女の子だった。センチメンタルな抒情を切り捨てた愛くるしい少女はヘアースタイルもファッションも、まさにカワイイ少女だった。実質、昭和30年代(1955頃)から今のカワイイが始まったと言っていい。
それで、日本文化の「可愛い」を辿ると、大正ロマンの画家・竹久夢二(1884~1934)が若い女性をターゲットに手掛けた千代紙や絵封筒、手紙などのファンシーグッズに始まりがあるようだ。そして浮世絵風の少女画で異彩を放った淳一から弟子のルネへと伝わったようだ。ただルネは実生活で詐欺に遭い、ほぼ全財産を失ったが、残った土地に「内藤ルネ人形美術館」を開館させた。夢二―淳一―ルネの言葉を拾う。
自分を愛することを知らない。自分を溺れさせることだけ、
女を愛することを知らない、女に溺れることだけ。これがおれか。――竹久夢二
美しいものには出来るだけふれるようにしましょう。美しいものに
ふれることで、あなたも美しさを増しているのですから、 ――中原淳一
いくつもの不幸の大波がいっせいに押しよせ、なんとドラマチックと、
今は軽く思い起こせるようになった。すべては時間の効能だ、 ――内藤ルネ
とにかく「Kawaii文化の生みの親」は、マルチ・クリエーターのルネだった。