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ともに在来種からの伽羅美紅茶

 作家の檀一雄(1912~76)は「日向の山茶(やまちゃ)に勝るものなし」と愛飲し、晩年、ポルトガルで暮らした折も「五ケ瀬の釜炒り茶」を取り寄せたという。宮崎県五ケ瀬町を訪ねて「山茶」を尋ねた。遠く阿蘇山を望む大自然に広大な「山茶」の茶園があった。

 五ケ瀬茶は、生茶葉を「蒸す」のではなく「炒る」手法の「釜炒り茶」といい、伝統の独自製法で作られる。仕上がり茶葉は、針状ではなく、勾玉状で「玉緑茶」と呼ばれる。


 ところで、茶は中国で始まり、発展。我が国には、奈良・平安時代に最澄や空海などが唐から種を持ち帰り、鎌倉時代には栄西が宋からの種を佐賀県背振山に植えたといわれる。しかし、もともと日本の山間部に自生する「山茶」を飲んでいたとも伝わる。その山茶の分布には、必ず焼畑農業の跡があり茶植栽がなされていたようで「人里から遠くにはない」という。茶業は、中国伝来の製茶法を「山茶」に適用したと言っていいのではなかろうか。


 五ケ瀬の「山茶」広がる茶園の前で、天皇杯受賞の宮崎茶房㈱(宮崎亮代表)を中心に地元の若手経営者らによる「五ケ瀬郷を幸せにする」プロジェクトを設立中だった。テーマは「山茶と呼ばれるお茶は、五ケ瀬を中心に九州をななめに横断して自生していた。そんな太古から受け継がれた山茶」が「人を癒し、人を結び、時に薬」となる効能を、人々にもっと広く、もっと深く伝える活動をスタートさせるところだった。

 そこへ一般社団法人豊前国小笠原協会(福岡県みやこ町)の関係者が「ガラミ(学名エビヅル、通称ヤマブドウ)」を持ち込んだ。

 ガラミは細川忠興が小倉藩主だった時代、寛永5年(1628)の古文書「永青文庫」に「仲津郡ニ而ぶどう酒被成御作候(略)がらミ薪ノちん(略)」と記され、日本最古のワイン醸造は、みやこ町に自生するガラミからとあった。ガラミ(伽羅美)ワインが約400年ぶりに復興された。「伽羅美」と「山茶」は日本の風土に育つ「在来種」である。

 日本各地の茶の木の根は横に張る。しかし「山茶の根は、地下に真っすぐ深く延びる。なので移植できない」と宮崎さん。そうなれば、日本の土に「深く根ざす」山茶と野に「逞しく育つ」伽羅美が合わさっての特産品誕生になれば、この上ない。独特な「釜炒り茶」による「山茶」の深みと特異な「伽羅美」の風味を持つ「伽羅美紅茶」づくりはどうでしょう、の提案に「山茶プロジェクト」は「挑戦してみましょう」の〝快答〟だった。楽しみだ。


by inakasanjin | 2021-06-18 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)