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「銀ブラ」の語源を探る

 近年、携帯電話普及後に「固定電話」が生まれたように造語の誕生を追って見るのも楽しい。大正時代からの俗語「銀ブラ」は、東京「銀座の街をぶらぶらする」と理解していたのだが、最近「銀座でブラジルコーヒーを飲む」と聞いた。1926年(大正15)には「銀座通りをブラつくことを近頃は銀ブラと云うさうである」(『社交生活と社会整理』)と記されていて、30年代には「銀ブラ行進」などの流行歌も生まれた。

 また作家の獅子文六は「碌さんは銀ブラをすることにきめた」(37年『悦ちゃん』)や遠藤周作は「午後の陽が歩道にそそいで、銀ブラをする若い連中が腕をくんだり、体をすり合わせたり、時々、ショウ・ウインドウの中を覗きこんだりしながら流れていく」(60年『ヘチマくん』)と、文学作品などに記述する。ごく普通の言葉になっている。

 ところが1990年代に「銀ブラ」は「銀座でブラジルコーヒー」の異説が現れた。1911年(明治44)に「日本で最初の喫茶店『ブラジル移民の父』がはじめたカフェーパウリスタ」で「ブラジルコーヒーを飲む」との説がまことしやかに流れた。カフェーはポルトガル語でコーヒー、パウリスタは「サンパウロっ子」だそうだ。パウリスタ5代目(長谷川泰三)店主は「銀座の銀とブラジルのブラを取って『銀ブラ』とした新語で、語源は慶応の学生たちが造り、流行させた言葉のようだ」(2008年『カフェーパウリスタ物語』)とする。新しい言葉の誕生が生れる物語に相応しい伝えではあるようだ。

 カフェーパウリスタは、東京銀座8丁目に現存。百年を超えるカフェーの歴史は、さすが壮観。大正時代から菊池寛、芥川龍之介、久米正雄、久保田万太郎、佐藤春夫、宇野浩二、小山内薫、藤田嗣治、広津和郎、小島政二郎など多くの著名人の名が残る。後年、オノ・ヨーコ、ジョン・レノン夫妻もよく通ったそうだ。銀ブラでふらり訪ねたようだ。


   珈琲の香にむせびたる夕べより夢見る人となりにけらしな    吉井勇

   やわらかな誰が喫みさしし珈琲ぞ紫の吐息ゆるくのぼれる    北原白秋


 銀座の「カフェーパウリスタ」を覗いてみた。往時の百席規模で営業中だった。カップやスプーンは昔を復元、壁紙や鏡に昔の面影を残しているという。コーヒーを飲むと「銀ブラ証明書」を頂けた。新語「誕生」と云われる「場所」での雰囲気体感は良かった。


by inakasanjin | 2021-05-14 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)