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さみしかろな!金子みすゞ

 詩人の金子みすゞ(1903~30)は、詩人で仏文学者の西條八十(1892~1970)が、雑誌『童話』(大正13年〈1923〉九月号)に、彼女の「お魚」を選んで掲載したのがスタートのようだ。後、彼は、みすゞを「若き童謡詩人の中の巨星」と称賛した。

  海の魚はかわいそう。お米は人につくられる、牛は牧場で飼われてる、 
  鯉もお池で麩をもらう。けれども海のお魚は なんにも世話にならないし いたずら
  一つしないのに こうして私に食べられる ほんとに魚はかわいそう  (お魚)

 西條の随想「下関の一夜」には、みすゞとの僅かな出会いが「夕ぐれ下関駅におりて……とりつくろはぬ蓬髪に不断着の儘、背には一、二歳のわが子を負っていた。作品に於いては英のクリスティナ・ロセッティ女史に遜らぬ華やかな幻想を示してゐたこの若い女詩人は……小さな商店の内儀のやうであった。しかし、彼女の容貌は端麗で、その眼は黒曜石のやうに深く輝いていた。『お目にかかりたさに山を越えてまゐりました。これからまた山を越えて家へ戻ります』と彼女は言った……」と記されている。3年後、彼女は服毒自殺した。

 この一文のクリスティナ・ロセッティ(1830~94)に「風」という詩があり、日本では「風をみたひと」(木島始訳)として美しいハーモニーの合唱曲になっているようだ。

  風をみたひとが いるかしら? あなたも わたしも 見ちゃいません 
  でも 葉っぱが 垂れて ふるえていたら 風が 吹きすぎているのです
  風をみたひとが いるかしら? あなたも わたしも 見ちゃいません
  でも 木々が 頭で おじぎをしたら 風が 吹きすぎているのです(風をみたひと)

 みすゞの詩作は、5年余で512篇を詠んだとされる。「私と小鳥と鈴と」や「大漁」など口ずさむ詩がいくつもある。生きる辛さに光をあてる。「積もった雪」もそうだ。

  上の雪 さむかろな。つめたい月がさしてゐて。下の雪 重かろな。何百人もの
  せてゐて。中の雪 さみしかろな。空も地面もみえないで。 (積もった雪)

 みすゞは、我が子の親権を前夫に取られようとする前日、子の寝顔を見て二階の部屋に上がり「一跳ね、跳ねれば、昨夜見た、遠い星の元へも、行かれるぞ。ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ……明日よりは 何を書こうぞ さびしさよ……」と。枕辺に睡眠薬。


by inakasanjin | 2021-02-26 09:00 | 文学つれづれ | Comments(0)