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小倉城に「かずら筆」の書

 福岡県みやこ町の民芸品「かずら筆」は、平成元年(1989)に木井馬場柿ノ木原の古老らによって百年ぶりに再興された。筆の指導には、節丸の書家・棚田看山さん(73)があたった。彼は高校の書道教諭をしていて、昭和後期、福岡県の「書道副読本」に小倉藩の小笠原藩主の手習い師範を務めていた能書家・下枝董村(1807~85)を取り上げていた。彼自身、董村書の蒐集家でもあった。古老らは「かずら筆」作りを愉しんだ。
 董村は企救郡小倉城下(現北九州市)に生まれ、7歳から書を習い始め、非才に加え努力家でもあった。藩主の師範を務め、明治には日本書家十傑の1人とされた。豊前と長州が戦った豊長戦争(1866)で小倉城が炎上後、草深い山間の木井谷の一隅に居を構え、村人らとの交流を深めた。辺鄙な里では、筆や墨、紙などの入手は困難だった。それで、彼は山中にある「蔓」を叩いて「筆」とし、せせらぎの水を「墨」にかえ、川底に転がる乾いた大石を「紙」として書の研鑽を続けた。村人は、彼の「書に徹する」姿を“現人神”と崇めた。
 古老らは野辺や山中を捜して持ち帰った「かずら」を木槌で叩いて、ほぐす「筆」作りに日々励んだ。蔓の表皮を除くと繊維が糸を束ねたようになっている。それを木槌が筆にする。小さな村の特産品は全国の物産展でも好評を博した。そして「かずら筆」での揮毫は「意外なおもしろい字が描ける」と自然で素朴な筆は、書家にとって特異な筆になった。
 平成に蘇った全国的にも珍しい「かずら筆」での独特な味わいの「書」が次第に広がっていった。董村研究の第1人者である棚田さんは「やわらかい筆でやわらかい字は書けるが、
かたい筆でやわらかい字を書くことこそが書の極意」といい「董村の書は日本一と言っていいくらい凄い字」だという。そして董村の唯一「かな」の流れるような書を紹介。

  むらぎものこころのかがみくもらずば神としまつるときもあるらむ  七十二湖海翁

 小倉城内に屹立する「筆塚」は北九州文化のシンボルとしての石碑。この「筆」と「塚」
の2文字は、書の道を究めた董村の筆跡から採られたといわれる。
 かずら筆は、大胆雄渾な字を生み、自然の力強さも伝える。小倉藩に育まれた「筆の心、書の心」が伝わればと、一般社団法人豊前国小笠原協会(川上義光代表)は、貴重な文化遺産として遺るかずら筆揮毫「小倉城」の「書」を贈ったと聞く。御城印に全国唯一「かずら筆の書」が印された。

by inakasanjin | 2021-02-19 09:00 | ふるさと京築 | Comments(0)