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名こそ惜しけれ

 正月2日、数年前から友と近くの山を登り始めた。福岡県行橋市とみやこ町境に聳える馬ケ岳(標高216㍍)だ。この山、2014年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」に登場して脚光を浴びた山である。天正15年(1587)黒田官兵衛が豊臣秀吉から豊前六郡を拝領し最初に居城とした場所である。山頂からは京都(みやこ)平野が一望、素晴らしい眺めだ。
 馬ケ岳城は、天慶5年(942)源経基が築いたと伝えられ、戦略上の重要拠点として様々な攻防が時を超えて繰り返された。この山頂の本丸跡に坂東武士の流れをくむ「新田公表忠碑」が建っている。表忠碑を拝み、歴史の山を歩き、武士道などの話が歩を軽くした。
 司馬遼太郎の好きな言葉に「名こそ惜しけれ」があると言う。彼の『この国のかたち』に「日本史が、中国や朝鮮の歴史と全く似ない歴史をたどりはじめるのは、鎌倉幕府という、素朴なリアリズムをよりどころにする〝百姓゛の政権が誕生してからである。私どもは、これを誇りにしたい。(略)鎌倉武士のモラルであり心意気であった『名こそ惜しけれ』。恥ずかしいことをするな、という坂東武士の精神は、その後の日本の非貴族階級に強い影響をあたえ、いまも一部のすがすがしい日本人の中で生きている。」とあり、鼎談で「そういうことをしちゃおれの名にかかわるという精神のありようですが、この一言で西洋の倫理体系に対決できます。ほとんどの日本人は『名こそ惜しけれ』で生きてきました。この場合の名というのはいったい何かといったら、自分の名前なんです。」と語っている。
 坂東武士で育った「美学」は、生きるうえでの基本、基準で「名こそ惜しけれ」であり、これは熱烈な宗教でもなく、ごく普通の民衆の心根として続いてきたからこそ、外国での日本人評価も高くなっているのではなかろうか。ここで「百人一首」の二首を採ってみる。

   春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそをしけれ   周防内侍
   恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ  相模

 今、どれだけの人が名を惜しんで生きているだろうか。吉田松陰は「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」と詠み、新渡戸稲造は「武士道は、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない、日本の土壌に固有の華である」と記す。原点に戻り、先人の遺した言葉を受け入れ、寛容な心を持ち、自分の「名を惜しむ」時代を歩んでいきたい。

by inakasanjin | 2021-01-08 09:00 | ふるさと京築 | Comments(0)