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富士山に登った最初の人達 

 霊峰・富士山(標高3776・12㍍)は、静岡と山梨に跨る活火山。多くの登山者が頂上を目指す。例年、7月1日に山梨、10日に静岡ルートの山開きが行われ、期間中、約30万余人で賑わうようだ。霊山を詠む「かたつぶりそろそろ登れ富士の山 小林一茶」など多くの吟が遺る名峰・富士山。最初に登った国内外の人物は誰なのか、を追ってみる。

 富士登山の歴史を繙くと、聖徳太子が馬で登った伝説だとか、修験道の開祖・役小角、末代上人(1103~不祥)など登場するが、記録確認ができるのは、富士山を崇拝する人々で組織された富士講開祖の長谷川角行(1541~1646)が、永禄6年(1563)に富士の人穴で修行したのが最初だといわれる。角行は、長崎で生まれ、各地の山岳霊場をめぐり、秘儀を感得、その呪法を伝える修験風の富士道の行者となった。後、富士信仰が高まり「富士講」が広まって江戸時代初期から多くの庶民が富士登山を行うようになった。

 霊峰・富士は女人禁制の山だった。ところが天保3年(1833)に富士講信者の高山たつ(1813~76)が男装の行者姿で仲間と登り、古文書に「・・御頂上迄女の登山初・・」と記されている。明治5年(1872)に富士山の「女人結界」が解かれる約40年前のことだった。彼女はキリシタン大名・高山右近の直系親族で、尾張名古屋藩の奥女中だった。富士山への女性登頂の道が拓かれ、また男女平等の道が説かれ「禁制」の無くなった入山に、何臆することなく富士登山をする女性たちの姿が多くなった。

 外国人の富士登山第1号は、初代イギリス駐日総領事を務めた医師でもあるラザフォード・オールコック(1809~97)が、万延元年(1860)に登ったのが最初だった。彼は、幕末の日本を紹介する『大君の都』を著し「ロンドン万国博覧会」開催に尽力した。

 また外国人女性の初登頂は、大政奉還のあった慶応3年(1867)にイギリス駐日公使のハリー・パークス(1828~85)の夫人が、夫や友人とともに厳しい自然環境の中、幾多の困難を切り抜け、雪に覆われた神聖な日本の最も高い地に立つ女性になった。

 日本を象徴する富士山への「富士信仰」は、地元に遺る縄文時代以前の配石遺構(ストーンサークル)をはじめ、平安時代の古書には民衆に広がる信仰の記述も残る。日本人の心の古里である富士山は、平成25年(2013)に「世界文化遺産」に登録された。


by inakasanjin | 2021-01-01 09:00 | 歴史秘話 | Comments(0)