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温泉マーク♨の話です

 2015年秋、別府温泉の「亀の井ホテル」に泊まってゆっくりした。1階ロビーの古い写真が目に留まった。ホテルの前身「亀の井旅館」の創業者・油屋熊八(あぶらやくまはち・1863~1935)の写真説明に温泉マーク♨を考案、広めたと書いてある。まさか、で、湯けむり3本ゆらぐ♨の発祥はどこか、使われ始めは、を調べることにした。

 何気なく見ていた♨マークのゆらぎは、初め軽く、中ゆっくり、後はサッと湯に浸かる形だとか、の詳細を知り、湯けむり、湯かげんを味わうといい湯になる。温泉は地図記号として♨マークが付く全国共通のもの。このマーク、3つの説があるというので追ってみた。


 1は、群馬県安中市の磯部温泉発祥説。1661年(万治4)に江戸幕府が農民の土地争い決着文の地図に温泉マークらしき印があったことから磯部公園内の赤城神社に「温泉記号発祥の地」碑を建てて祀る。また磯部温泉は「舌きり雀伝説」の発祥の地ともいう。


 2に、ドイツ起源説もある。19世紀のドイツの地図に載っていて陸軍参謀本部が1879年(明治12年)に地図記号として採用したといわれる。


 3は、別府の油屋熊八発明説。これにはドラマがある。伊予国宇和島城下(現愛媛県宇和島市)生れの油屋熊八は、町議や米相場で富を築いたが、失敗。35歳の時、アメリカに渡って放浪、そこでキリスト教の洗礼を受けた後、別府に身を寄せていた妻のもとへ移り住んだ。1911年(明治44)新約聖書の「旅人を懇ろにせよ」を合言葉に旅館業を始めた。別府温泉宣伝協会を立ち上げ「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」のキャッチフレーズ標柱を富士山に建てた。バス事業(現亀の井バス)を起して日本初の女性バスガイドによる別府地獄めぐり観光バス運行、また観光自動車道(現やまなみハイウェイの原型)の提唱、さらに中谷巳次郎と「別府の奥座敷」としての由布院開発を進めた。

 彼のアイデアで♨マークを「別府温泉のシンボルマーク」として一般に広めた功績はとくに大きい。とにかく熊八個人の私財と借財を投げ打って「別府」売出しに命をかけた人物であった。今、別府の恩人として「油屋熊八」の記念碑とブロンズ像が市内に建つ。国民の誰もが知る♨マークは、死に物狂いで温泉普及の徹底を図った油屋が実質第一人者といっていい。


 ♨マークは朝鮮半島、台湾なども使う。ヨーロッパの温泉は噴水型、♨マークも色々だ。


by inakasanjin | 2020-12-11 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)