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原爆歌人ふたり

 戦後70年。夏、8月は特に原爆、終戦の話題が増えるだろう。しかし伝えるべきものは正しく伝えることが大切だ。今、何か戦争への階段を登っているようなこの頃だが、ネットで「原爆歌人」を検索すると、竹山広と正田篠枝のふたりがあった。ともに被爆者であり、多くの被爆体験を詠む歌人として知られる、とある。 
 竹山広(たけやまひろし、1920~2010)は、長崎県平戸市生まれで隠れキリシタンの家柄。25歳の時、結核で入院していた浦上第一病院を退院する8月9日、爆心地から1・4キロ㍍のその病院で被爆した。迎えに来るはずの兄を喪った。彼の原爆詠の第一歌集『とこしえの川』出版は昭和56年(1981)61歳で遅咲きの歌人だった。第9歌集『眠ってよいか』を最後に90歳で永眠。

  くろぐろと水満ち水にうち合へる死者満ちてわがとこしへの川
  血だるまとなりて縋りつく看護婦を曳きずり走る暗き廊下を
  ふさがりし瞼もろ手におしひらき弟われをしげしげと見き
  こほろぎはいまだ鳴かぬか戸を閉さむ手をとどむれば今生無音
  いついかなる時代に平和ありきやとおのれに問ひてこころくずれゆく

 正田篠枝(しょうだしのえ、1910~65)は、広島県江田島市出身、仏教思想を背景に育つ。8月6日、爆心地から1・7キロ㍍の自宅で被爆。24歳。自らの悲惨な被爆体験を「原子爆弾」と題して詠み発表。昭和22年(1947)には歌集『さんげ』をGHQの検閲を受けずに極秘出版した。原水爆禁止世界大会にも参加。犠牲者慰霊のために名号(南無阿弥陀仏)を書くことを日課とした。54歳で没。

  ピカッドン一瞬の寂目をあけば修羅場と化して凄惨のうめき
  太き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり
  死ぬ時を強要されし同胞の魂にたむけん悲嘆の日記 
  炎なかくぐりぬけきて川に浮く屍骸に乗っかり夜の明けを待つ
  酒あふり酒あふりて屍骸焼く男のまなこ涙に光る

 戦の後の空しさを言い続け、伝え続けて70年、なのに人間の魂とは何なんだろう。戦への不気味な気配が漂う、今。繰りかえさないこと、を伝えなければならない。

by inakasanjin | 2020-08-07 09:00 | 文学つれづれ | Comments(0)