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北軽井沢の大学村

 明治天皇暗殺計画に関与したとして明治43年(1910)に社会・無政府主義者が逮捕、検挙され、幸徳秋水ら24名が死刑になった大逆事件。その時、堺利彦や大杉栄、荒畑寒村などは獄中にあり難を免れた、というが「堺は、検事総長が同郷であり、学校の先輩だったので救われた」という奇説がある。
 大逆事件の捜査を指揮したのは松室致(まつむろいたす)検事総長だった。彼は、嘉永5年(1852)豊前国企救郡の小倉藩士の子として生まれ育徳館(現育徳館高校)で学び上京、司法省法律学校に入学。法律学士の学位を獲得(1884)後、司法省に入り判事、検事を経て検事総長(1906~12)に就いた。総長時代に大逆事件が起きた。松室は、第三次桂太郎内閣(1912~13)と寺内正毅内閣(1916~18)で司法大臣を務め、貴族院議員(1918~24)枢密顧問官(1924~31)など歴任。
 彼は「思想のみで重刑を科すのは間違い」という法律家としての信念を曲げることは無かった。昭和3年(1928)の治安維持法改正の折、死刑、無期懲役刑追加の政府案に対し、枢密院において強硬に反対したと言われる。

 一方、松室には司法の世界と違う顔がある。法政大学の学祖のひとり梅謙次郎急逝後、初代法政大学長(1913~31)を引き受けた。
 学長時代の大正12年(1933)9月1日、190万を越える人々が被災した関東大震災に遭う。その震災時資料を、陸海軍や戒厳司令部、赤十字救護活動等の文書から市民向けに配られたビラまで多岐に渡って蒐集し「松室文書」として大学に残す。
 また昭和3年には、北軽井沢に273ヘクタールの土地を取得。そこに大学の教職員と学生が暮らす教育と生活の理想郷「大学村」をつくろうと力を注ぎ、関係者に坪1円で分譲を始めた。その夢実現に、親友の学者野上豊一郎と作家野上弥生子夫妻をはじめ岩波書店創業者の岩波茂雄、安倍能成、三木清、谷川徹三、田邊元などの哲学者、歴史学者の津田左右吉、劇作家の岸田国士など学術界の多くの人々が移り住んできた。まさにリゾート軽井沢のスタートである。
 今も「大学村」の精神は受け継がれ、喧騒から離れ、ゆったりとした時の流れる地は、ノーベル賞作家大江健三郎などの創作の場になっている。
 昭和6年(79歳)没の松室致。時代を見る目、発想と実践に感服するほかない。

by inakasanjin | 2020-05-01 09:00 | ふるさと京築 | Comments(0)