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「令和」出典は国書というが 

 令和元年(二〇一九)五月一日から「令和時代」がスタートした。平成三一年四月一日に発表された新元号「令和」の出典は「万葉集は幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書」(安倍晋三首相談)からと説明された。
 延暦二五年(八〇六)に完成したという『万葉集』の「梅花の宴―序」に記す。

  初春令月(初春の令月にして)
  気淑風和(気潔く風和ぎ)

 この「令月」と「風和」から二四八番目の元号「令和」が導かれた。ところが、これまでの元号は中国古典(漢籍)からだったのが、初めて「国書」からと、あまりにも国書、国書と喧伝するものだから、その嵐の中に一矢が放たれた。それはどうかな、という意見だ。
 中国で六世紀編纂の詩文集『文選(もんぜん)』に地震学の先駆と言われる科学者で文人の脹衡(ちょうこう七八~一三九)が『歸田賦(きでんのふ)』(一三八年頃作)に記す。

  仲春令月(仲春の令月)
  時和気清(時和して気清し)

 また『歸田賦』が中国の五経(易経・書経・詩経・礼記・春秋)の中の『礼記』から影響を受けているとされ、『礼記』の「経解篇」と「月令編」に興味深いフレーズがある。

 「発号出令而民説(天子が命令を発し人々が幸せになる)
  謂之和    (即ちこれを和という)」  ――経解篇
 「命相布徳和令(臣下の相に命じて徳政を敷き勅令を公布)」――月令篇

 さらに『万葉集』の記述は、中国の書聖・王義之(三〇一~六一)の『蘭亭序』(三五三年作)の「天朗気清 惠風和暢(空晴れ渡り空気澄み 春風のびやかに流れる)」にも拠るという。結果、元は中国の『四書五経』に辿りつく。そもそも漢字が中国伝来なので、純粋に「国書」から出典というのは難しいようだ。今回、元号選考終盤になって「令和」が追加された案だと漏れ伝わるのが妙だ。ただ江戸時代に「令徳」案が出され「徳川に命令」との意味ありと幕府が撤回させたという。だったら「令和」は「和(日本)に命令」となるが、どんな議論になったのだろう。「令」「和」ともに「0(ゼロ)」からの出発だろう。

by inakasanjin | 2020-03-20 09:00 | 田舎日記 | Comments(0)