2025年 12月 01日
タイパと怠惰

列車の揺れに身をゆだねながら読みかけの文庫本を閉じ、
ボーッと車窓を眺めながら、駅弁と缶ビールを楽しむ。
これこそが鉄道旅の醍醐味で、以前は普通に見られた光景だが、
今、そのスタイルを貫く私は少数派。いや、稀少な存在となり、
周囲はみんな、何かにせかされるようにスマホを操作し続けている。
タイムパフォーマンス。かけた時間に対する効果や満足度。
いかに早く目的を果たし、より高い成果を上げることができるか。
かつて、何日も図書館や資料室に通い詰めて獲得した知識や情報が、
手の中にある機器の活用で苦労することなく、一瞬にして得られる。
昨今、そんな時代の象徴的な言葉として、タイパが叫ばれている。
時は金なり。効率性が重視される今日の経済活動において、
時間を無駄に費やすことは損失であり、タイパは大切な概念。
列車内でパソコンを広げての書類作成やメールでの連絡調整など、
移動時間を有効に活用して仕事を処理する日常は、当たり前の光景。
大リーグでも、試合時間の短縮を目的に、投手の投球時間を制限する
ピッチクロック制度が導入される等、その潮流は勢いをましている。
そして、最近は文章までもが、AIを活用して作成されるようになった。
就職時の自己PRや志望動機もAIに頼る人達が増えているというが、
そんな、人間性が伴わない形だけの文章にどれだけの意味があるのか。
もはや、それはタイパではなく怠惰。というべきなのだろう。

かつて、パスカルは、人間は考える葦である、という言葉を残し、
考えること、それ自体に人間としての尊厳があると説いた。
人間が人間らしく成長していくためには、それなりの時間が必要で、
世の中には、より早く結果を求める効率重視では、いけない分野もある。
特に教育活動では、子供たちに直ぐに答えを求めるよりも、物事の本質を
ジックリと考えてもらい、試行錯誤しながら学ぶ過程こそが大切だと思う。
科学の進歩も失敗の積み重ねで、直ぐに成果と結びつかない基礎研究が肝心。
そんな中、今年、坂口志文氏が制御性T細胞でノーベル生理学・医学賞、
金属有機構造体を開発した北川進氏が、ノーベル化学賞を受賞した。
坂口氏は長い不遇の時期を超え、否定されても自説の正しさを地道に証明。
北川氏は「役に立たないものでも役に立つ」「認められるには長い時間が必要」
と述べるなど、両氏ともに時間をかけて努力する重要性を強調している。
人間は人間であって、単純に成果を求めるロボットとは異なる。
理論や効率性だけではなく、思いや感情を伴って生きているのが人間。
だから、気が休まる余暇の中で、自己を取り戻したり、発見したり。
一見、ムダに見える時こそが大切で、明日へのエネルギーが蓄えられる。
小学校時代の道草。この季節は、ランドセルを放り投げての柿ちぎり。
取っ組み合いの喧嘩で先生に叱られたが、そんな遠回りや失敗を通じて、
心の温もりや痛み、ルールの大切さを学び、大人へと成長できた気がする。
ともあれ、周囲がどう変わろうとも、旅の友はスマホではなく車窓と文庫本。
これからも、世間に流されることなく、駅弁と缶ビールを堪能していきたい。

2025年 11月 15日
ホークスとファイターズ
大いに盛り上がったプロ野球パリーグ。
今夏、北海道を旅した折、札幌近郊の北広島市にある
ファイターズの本拠地・エスコンフィールドを訪れた。
試合や催しがない時、外野席には自由に出入りができ、
多くの人達が、食事やショッピングを楽しんでいた。
私も、最新の球場・エスコンをのんびりと散策した後、
スタンドで名物のカレーうどんを味わい、次の目的地に向かった。

幼い頃から野球好きだった私にとって、
プロ野球と言えば、西鉄ライオンズだった。
当時、稲尾や中西が活躍した黄金時代は既に過ぎ去り、
いつも負けてばかりで、毎年最下位を争う弱小チーム。
空席だらけのスタンドだが、なくてはならない存在だった。
しかし残念ながら、私が福岡市の大学に進学した1979年、
ライオンズは西武に買収されて埼玉の所沢市に行ってしまった。
下宿先から平和台球場に通うことを楽しみにしていた私はガッカリ。
当時、地元では、♪返せ、返せ、ライオンズを返せ・・・・、
という歌が流行し、九州に球団が存在しない淋しい時代となった。
そんな私達を救ってくれたのが、ホークス。
1989年にダイエーが、大阪にあった南海を買収して、
九州に、待望だった新しい球団が再び誕生することになった。
その後、福岡ドームがつくられ、ソフトバンクが親会社となった。
一方、ファイターズの前進は東映フライヤーズで、
セリーグの巨人とともに後楽園球場を本拠地にしていた。
1974年に日本ハムが買収して、ファイターズとなり、
1988年からは東京ドームが拠点となっていたが、
巨人戦は満員で、ファイターズの試合は、いつもガラガラ。
2004年からは北海道に移転してからは徐々に人気が上昇、
2023年に札幌ドームから、エスコンフィールドに拠点を移した。
そして現在は地域に根付き、道民に愛される球団となり、
あちこちに選手のポスターが貼られる等、熱気が感じられる

西鉄、南海、東映時代、パリーグの各球場は空席だらけだったが、
今、福岡ドーム、エスコンフィールドともに、いつも満員。
大阪から福岡、東京から北海道へと拠点を移した両球団、
ホークスとファイターズは、地域をひとつにしてくれる希望の星。
かつては東京と京阪神に多くの球団が集中していたが、
現在のパリーグ6球団は地方分散で、福岡と北海道の他は、
宮城、千葉、埼玉、大阪で、東京に球団は存在してない。
九州と北海道を元気にしてくれている両チームの活躍に感謝。
ちなみに球団名がソフトバンクホークスとなって、今年で20年。
先日、福岡ドームで声援を送ってきたが、見事に勝利し、
応援歌、“いざゆけ若鷹軍団”を気持ちよく歌うことができた。
また、今年の日本シリーズ、タイガースとの激闘も凄かった。
ホークス、5年ぶりの日本一おめでとうございます。
今や我がホークスは、九州になくてはならない球団。
もう二度と、♪返せ、返せ・・・・、と歌いたくないものだ。

2025年 11月 01日
万博と未来社会

大阪・関西万博が、184日間の日程を無事に終えて閉幕した。
開幕前、資材など建設コストの高騰や労働者不足などの影響で、
各パビリオンの完成が大幅に遅れて、関係者はヤキモキ。
前売券の販売不振で大幅な赤字が見込まれたこともあり、
マスコミからの批判の的にもなり、開催の意義が問われていた。
当初は低調だったが、尻上がりに挽回して、予想に反して大盛況。
来場者が250万人を超えて、黒字決算になる見込みだという。
私も6月下旬に会場を訪れ、万博を大いに楽しんだ。
・・・と記したいところだが、うーん、ちょっと微妙。
人気パビリオンの予約が取れずに、暑さと人混みの中、
入場できるパビリオンを探し求めて、列に並んだ。
そんな一日だったが、評判の大屋根リングに登り、ゆっくりと散策。
広い会場を見渡しながら感じた大阪湾からの風が、爽やかだった。
ということで、大いにではないが、まぁまぁ楽しんだ、と記すべきだろう。

ところで今回、私を万博会場へと導いたのは、幼い頃からの思い。
1970年に“人類の進歩と調和”をテーマに開催された大阪万博。
太陽の塔をシンボルに世界各国からのパビリオンが勢揃い、
アメリカ館の月の石が評判となり、長蛇の列ができていた。
当時、私は小学生で会場には行けず、テレビの中の万博に憧れた。
その頃は、まだ高度経済成長期で、世界からは“ウサギ小屋に住む働き蜂”
と揶揄されてはいたが、フリーターやニート、派遣切り等の言葉はなく、
大人達は助け合い、将来に夢と希望を持って一生懸命に働いていた気がする。
あれから半世紀余。私も歳をとり、社会は大きく様変わりした。
物質的な豊かさが積み重ねられて利便性は得たが、その反動もあり、
環境問題、ネットを悪用した犯罪や人権侵害などの課題が噴出している。
幼い頃の想い出は美化されるので、当時と現在を比較することは無理。
ということは百も承知だが、今よりも温もりがある社会だった気がする。
果たして、テーマだった“人類の進歩と調和”は達成できているのか・・・。
人類は豊かさと引き替えに、協力や連帯、優しさや思いやり、敬う心等、
人としての在り方、人類が共存する精神を失いつつあるのではないだろうか。
社会の分断が危惧される中、多くの資金と労力が投入された今回の万博。
最後はマスコミの論調も好意的だったが、レガシーとして残せたものは?
万博のシンボルだった大屋根リングは、会場で部分的に保存され、
撤去された一部の木材は、能登の復興住宅の資材として活用されるという。
それらもレガシーだろうが、テーマが目指したデザインは描けたのか。
大屋根リングが、多くの木々が織りなす見事な調和であるならば、
未来社会は、幾年もの営みが積み重なり、その調和が織りなす新たな営み。
今から半世紀後、今を生きる子供たちが、現在の私の年齢になった頃、
日本社会、そして世界はどうなっているのだろうか・・・。
今回の万博のテーマの如く、いのちが輝く未来社会、であってほしい。


