人気ブログランキング | 話題のタグを見る

一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。
あっという間の三ヶ月が過ぎ、桜が咲き誇る春がやってきた。
この間、授業を担当していた高校3年生は、試練の大学入試。
志望校に合格できた者。結果的に、思い通りにならなった者。
悲喜交々の日々だっただろうが、長い人生を考えれば通過点。
蕾は必ず開く。様々な体験を糧に自身の花を咲かせてほしい。

期待と不安、いろんな思いで迎える春。_c0394296_18260316.jpg











そんな生徒達への最終授業で、こんな言葉を投げかけた。
「人生、一〇の出来事があれば、上手くいくのは二か三。
思い通りにならないことに耐え、どう、対処できるかが、
人間の強さ。壁にぶち当たれば、まずは、頑張ってみる。
だが、精一杯頑張っても、どうにもならないこともある。
そんな時は、絶望することなく、逃げ出す勇気も必要。
もし、死にたいと思ったら、少し、待ってほしい・・。
時が経てば、闇が晴れ、必ず、夜明けが、やってくる。
死ななくてよかった。と思える日が絶対にやってくる。
人は生きている限り、いつでも、やり直すことができる」

期待と不安、いろんな思いで迎える春。_c0394296_18280379.jpg












決して平坦ではない、人生という階段。
暗闇に迷い、もがき苦しむこともあるだろうが、
先には希望という灯。道端の草花に癒やされることも・・。
生きることは大変だと思うが、数多くの喜びとも出会える。
もし、人生に絶望し、死を考えたなら、思い起こしてほしい。
色々あったが、何とか65歳まで生きてきた初老教師の言葉を・・。

“生きていて良かった 伝えたい”
先日、自殺未遂で両足を失った女性の思いが新聞で報じられていた。
厚生労働省の統計によれば、昨年、全体の自殺者は減少傾向だが、
小中高生は過去最多で、女子中高生の増加が激しい。また多くの
若者が本気で自殺を考えたことがある、との記事もあった。
こんな状況の中、国会では、子どもの自殺対策が取り上げられ、
文部科学大臣は、“中学生・高校生の皆さんへ”と“保護者や学校
関係者等のみなさんへ”と題した二つのメッセージを発している。

期待と不安、いろんな思いで迎える春。_c0394296_18292089.jpg











デンマークの哲学者・キルケゴールは“絶望とは死に至る病である”
と述べている。思春期の子ども達は情緒が不安定で、衝動的な行動
をとりやすい。自殺を防ぐ特効薬はないだろうが、保護者や学校が、
子どもたちの様子を気遣い、事あるごとに命の大切さを訴えていく。
そして、地域社会が温かく見守り、若者が人生に絶望しない国づくり
が必要。少子化対策も重要課題だろうが、今、生きている子供たちの
生命を守る対策を忘れてはならない。

期待と不安。この春を、いろんな思いで迎えたであろう若者達。
学校では新学期が始まり、今年も教壇に立つ機会をいただいた。
担当は公共の授業で、“思春期の自己形成と課題”を扱う単元もある。
縁あって出会う生徒達に、何を、どう伝えることができるのか。
生きる勇気と希望を持ってもらえる授業。
道端に咲く一輪の草花として、向きあっていきたい。

期待と不安、いろんな思いで迎える春。_c0394296_18295770.jpg
 

            

# by inakasanjin | 2026-04-15 10:00 | Comments(0)

 へいちく廃線へ、守れなかった過疎地の灯_c0394296_18254678.jpg











“守ろう、平成筑豊鉄道。力を合わせよう未来のために”
車内のつり革に記された願いは、届かなかった。うーん、残念・・。
かなり、厳しいだろう・・・。と、思いながらも抱いた、微かな希望。
そんな感慨を持って、前回まで5回シリーズで綴った『へいちく物語』。
残念ながら、県が設置して沿線の9自治体が参加する法定協議会は、
平成ちくほう鉄道(へいちく)を廃線として、一般道路を使用して
の路線バスに転換する、との方針を決議。地域に愛され、明治時代から
継承されてきた鉄路に終止符が打たれることとなった。

協議会には、決議された案以外に、鉄道上下分離案(運行は鉄道会社、
インフラは自治体が管理する形で鉄道を存続)、BRT案(線路をバス
専用道路として整備する)が示されていて、先細りが予想される路線
バス案だけは避けたい。BRTなら何とか、将来に希望をつなげられる、
との意見も多く聞かれていたが、最も厳しい判断となった。
協議の場で、どんな議論が為されたのか。報道によると、路線バス転換
支持の自治体が5、BRT支持が2、鉄道上下分離支持が2。今後の
財政負担を考えて、との結論というが、それで、いいのだろうか・・。
お前、自治体の財政運営の厳しさを知らない素人が、黙っとけ・・・。
とのお叱りを覚悟で、沿線住民の一人として思いを記しておきたい。

へいちく廃線へ、守れなかった過疎地の灯_c0394296_18265262.jpg












福岡市と北九州市、二つの政令指定都市を抱える福岡県。中でも著しく
発展する福岡市近郊と、その流れから取り残されていく地域との格差。
特に、筑豊地方と京築地方は深刻な状態で、過疎化の流れが止まらない。
そんな中、沿線住民は“まだ、この地域は見捨てられてない”と山村を
走る、へいちくに勇気づけられ、過疎地における希望の灯でもあった。
また、直方、田川、行橋という、地域の拠点を結んでいた鉄路。かつて、
団子三兄弟という歌が流行したが、三つの市が団子ならば、へいちくは、
それを繋ぐ大切な串。生活に欠かせない買い物、病院や学校等、沿線住民
を地域の拠点に通わせる役割を果たしてきた。沿線自治体の事情は様々だ
ろうが、今回は地域全体の利益を重視すべきったのではないだろうか。

“地域活性化、地方再生”との言葉が叫ばれているが、かけ声だけに聞こえる。
「経済合理性で考えると、そもそも過疎地はいらないということになる。過疎
地は不便で当たり前、みんな都市部に出ればいい、という国づくりでいいのか」
と存続を支持した首長のコメントが報道されていたが、全くその通りだと思う。
平成ちくほう鉄道が、赤字廃止路線だった旧国鉄の田川線、伊田線、糸田線を
JRから受け継いだ。運営会社側は、観光列車の運行など、経営努力を重ねた
が、急激な過疎化や時代の流れに対応が出来ずに、赤字が膨らんでいった。
ここで重要なのは地域の動き。そもそもが“経営は厳しいが、地域には必要”
との判断で設立された第三セクター。“財政が厳しいから、これ以上は無理だ”
ではなく、もう少し創意工夫した支援体制が必要だったのではないだろうか。
地域住民の一人として、悔やまれてならない。

へいちく廃線へ、守れなかった過疎地の灯_c0394296_18274235.jpg












本ブログで『へいちく物語』を連載するにあたり、一日乗車券を積極的に活用、
多くの地域を訪れた。市街地を歩くと空洞化が進み、延々と続くシャッター街。
対策は急務だろうが、その際、へいちくは重要な武器になりえたのでは・・・。
また、沿線には複数の高校、大学、病院などがあるが、通学や通院の手段をどう
保障するのか。車内には鞄を背負う学生や杖をついて通院する高齢者等、様々な
表情や息づかいがあり、へいちくは、間違いなく沿線の生命と生活を支えていた。
私は旅好きで、全国を巡ってきたが、鉄路と駅を失った地域の荒廃は凄まじかった。
本当に大切なものは、それをなくした時に、その大切さに気づく。と言われるが、
学校の存続や若者の地域離れ等、財政という物差しだけでは測れない、地域の存亡
に関わる決断、だった気がする

以上、勝手な危惧を記させていただいたが、130年以上続いた鉄路の廃線という
決断の背景には、それ以上の緻密な戦略があったのだろうか。今後、バス路線交通
計画の策定においては、社会的弱者の切り捨てではなく、沿線で必死に生きる人達
の息づかいを感じながら、住民が納得できる作業を期待したい。
行政には、今回の決断が正しかった、と歴史の中で証明していく責任がある。

へいちく廃線へ、守れなかった過疎地の灯_c0394296_18281905.jpg


# by inakasanjin | 2026-04-01 10:00 | Comments(0)

地域を支え、毎日、休むことなく走り続ける、へいちく。
始発の行橋駅から、およそ1時間で、田川伊田駅に到着する。
車輌が奏でる、コトコトコト、の音が呟きのように聞こえてくる。
始発駅から車内前方に座す初老の男は、その心地良さにウトウト。
瞼を静かに開くと、前方に二本の煙突が見えてきた。

へいちく物語⑤  受け継いで走る。明治からの鉄路。_c0394296_17374328.jpg











・・・コトコトコト。コトコトコト。
モモちゃん、お疲れさん。直ぐに、目的地の田川伊田駅に着くよ。
ここまでが旧国鉄の田川線(行橋~伊田間26.3km)区間で、明治
28年(1895年)に豊州鉄道として開業したんだ。
モモちゃんは、ここで下車して田川市石炭歴史博物館に行くんだね。
博物館がある公園内には、当時の煙突や竪坑櫓も残ってるよ。

ボクは、これから、伊田線の鉄路で終点の直方まで走ってくるね。
ここから五つ目の駅が金田駅で、糸田線の発着駅。へいちく本社も
あり、ボクらの為に、職員の皆さんが、頑張ってくれているんだ。
金田から二つ目が赤池で、それから七つ目が直方。駅前には大相撲
の元大関・魁皇関の像。少し歩くと遠賀川の広い河川敷がある。
ボクは、終着の直方駅に着いた後、折り返し運転。新しい乗客を
乗せて、今度は行橋駅に向けて走っていくことになる。
だから、モモちゃんは、また、ボクに乗車して帰ればいいよ。

へいちく物語⑤  受け継いで走る。明治からの鉄路。_c0394296_17394867.jpg











へいちく物語⑤  受け継いで走る。明治からの鉄路。_c0394296_17395650.jpg












・・・コトコトコト。コトコトコト。
レールバスが田川伊田駅に到着。初老の男は、車内を感慨深げに見渡し
てから降車。ホームをゆっくり歩き、改札口へと向かっていった。
レールバスは新しい乗客を迎え入れ、伊田線で終点の直方へと向かった。
伊田線は明治26年に直方~金田が開業し、明治32年に伊田まで延伸。
糸田線は明治30年に糸田~後藤寺、昭和2年に糸田~金田が開業した。
コトコトコト。直方で折り返したレールバスが、行橋行き、として田川
伊田駅のホームに戻ってきた。石炭歴史博物館の見学を終えた男が、再び、
車内に乗り込むと、レールバスはホームを離れ、鉄路を走り始めた。

・・・コトコトコト。コトコトコト。
モモちゃん、石炭歴史博物館はどうだった。帰りも、田川線を走るよ。
この路線が開通してから130年以上。SLや多くの先輩列車が、日本の
経済と地域の生活を支えるために走ってきた鉄路。国鉄からJR、そして、
へいちくがバトンを受け継ぎ、今、走っているのが、ボクたちなんだ。
現在は経営が厳しく、もうすぐ、今後の方針が協議会で示されるんだけど、
もし、廃線となれば、お年寄りや通学生等、今もボクを頼りにしている人達
のことが心配。それに、沿線の過疎化が益々進行するんじゃないかと思う。
だから、ボクは、これからも地域の為に走り続けたい。でも、・・・・・。

へいちく物語⑤  受け継いで走る。明治からの鉄路。_c0394296_17430860.jpg











モモちゃん、今回はボクを利用してくれてありがとう。嬉しかったよ。
そうだ、モモちゃんが、購入した一日乗車券(ちくまる切符)は、とっても
お得な切符で、沿線にある温泉に入浴できるんだ。源じいの森温泉にも、入浴
できるから、行橋に帰る前、途中で降りて温泉を楽しんでくるといいよ。

・・・コトコトコト。コトコトコト。
車輌が源じいの森駅で停車。初老の男は、ホームに降り立った。
コトコトコト。コトコトコト、との音を響かせながらホームを離れ、
九州最古の石坂トンネルに入っていくレールバス。
男は、感慨深げに車輌を見送り、ジッと鉄路を見つめていた。

へいちく物語⑤  受け継いで走る。明治からの鉄路。_c0394296_17443196.jpg












※平成ちくほう鉄道(本社・福岡県金田町)は第三セクターとして設立され、赤字廃止対象路線であったJR田川線(26.3km)、伊田線(16.1km)、糸田線(6.8km)の経営を平成元年10月に受け継いだ。新聞報道によると利用者はピーク時の4割まで減少し、28期連続で赤字を計上している。現在、存続をめぐり、県が設置した法定協議会で鉄道維持やバス転換などの案が示され、今年3月末までに方針が決まる予定。


 

            

# by inakasanjin | 2026-03-15 10:00 | Comments(0)