2026年 04月 15日
期待と不安、いろんな思いで迎える春。
あっという間の三ヶ月が過ぎ、桜が咲き誇る春がやってきた。
この間、授業を担当していた高校3年生は、試練の大学入試。
志望校に合格できた者。結果的に、思い通りにならなった者。
悲喜交々の日々だっただろうが、長い人生を考えれば通過点。
蕾は必ず開く。様々な体験を糧に自身の花を咲かせてほしい。

そんな生徒達への最終授業で、こんな言葉を投げかけた。
「人生、一〇の出来事があれば、上手くいくのは二か三。
思い通りにならないことに耐え、どう、対処できるかが、
人間の強さ。壁にぶち当たれば、まずは、頑張ってみる。
だが、精一杯頑張っても、どうにもならないこともある。
そんな時は、絶望することなく、逃げ出す勇気も必要。
もし、死にたいと思ったら、少し、待ってほしい・・。
時が経てば、闇が晴れ、必ず、夜明けが、やってくる。
死ななくてよかった。と思える日が絶対にやってくる。
人は生きている限り、いつでも、やり直すことができる」

決して平坦ではない、人生という階段。
暗闇に迷い、もがき苦しむこともあるだろうが、
先には希望という灯。道端の草花に癒やされることも・・。
生きることは大変だと思うが、数多くの喜びとも出会える。
もし、人生に絶望し、死を考えたなら、思い起こしてほしい。
色々あったが、何とか65歳まで生きてきた初老教師の言葉を・・。
“生きていて良かった 伝えたい”
先日、自殺未遂で両足を失った女性の思いが新聞で報じられていた。
厚生労働省の統計によれば、昨年、全体の自殺者は減少傾向だが、
小中高生は過去最多で、女子中高生の増加が激しい。また多くの
若者が本気で自殺を考えたことがある、との記事もあった。
こんな状況の中、国会では、子どもの自殺対策が取り上げられ、
文部科学大臣は、“中学生・高校生の皆さんへ”と“保護者や学校
関係者等のみなさんへ”と題した二つのメッセージを発している。

デンマークの哲学者・キルケゴールは“絶望とは死に至る病である”
と述べている。思春期の子ども達は情緒が不安定で、衝動的な行動
をとりやすい。自殺を防ぐ特効薬はないだろうが、保護者や学校が、
子どもたちの様子を気遣い、事あるごとに命の大切さを訴えていく。
そして、地域社会が温かく見守り、若者が人生に絶望しない国づくり
が必要。少子化対策も重要課題だろうが、今、生きている子供たちの
生命を守る対策を忘れてはならない。
期待と不安。この春を、いろんな思いで迎えたであろう若者達。
学校では新学期が始まり、今年も教壇に立つ機会をいただいた。
担当は公共の授業で、“思春期の自己形成と課題”を扱う単元もある。
縁あって出会う生徒達に、何を、どう伝えることができるのか。
生きる勇気と希望を持ってもらえる授業。
道端に咲く一輪の草花として、向きあっていきたい。

2026年 04月 01日
へいちく廃線へ、守れなかった過疎地の灯

車内のつり革に記された願いは、届かなかった。うーん、残念・・。
かなり、厳しいだろう・・・。と、思いながらも抱いた、微かな希望。
そんな感慨を持って、前回まで5回シリーズで綴った『へいちく物語』。
残念ながら、県が設置して沿線の9自治体が参加する法定協議会は、
平成ちくほう鉄道(へいちく)を廃線として、一般道路を使用して
の路線バスに転換する、との方針を決議。地域に愛され、明治時代から
継承されてきた鉄路に終止符が打たれることとなった。
協議会には、決議された案以外に、鉄道上下分離案(運行は鉄道会社、
インフラは自治体が管理する形で鉄道を存続)、BRT案(線路をバス
専用道路として整備する)が示されていて、先細りが予想される路線
バス案だけは避けたい。BRTなら何とか、将来に希望をつなげられる、
との意見も多く聞かれていたが、最も厳しい判断となった。
協議の場で、どんな議論が為されたのか。報道によると、路線バス転換
支持の自治体が5、BRT支持が2、鉄道上下分離支持が2。今後の
財政負担を考えて、との結論というが、それで、いいのだろうか・・。
お前、自治体の財政運営の厳しさを知らない素人が、黙っとけ・・・。
とのお叱りを覚悟で、沿線住民の一人として思いを記しておきたい。

福岡市と北九州市、二つの政令指定都市を抱える福岡県。中でも著しく
発展する福岡市近郊と、その流れから取り残されていく地域との格差。
特に、筑豊地方と京築地方は深刻な状態で、過疎化の流れが止まらない。
そんな中、沿線住民は“まだ、この地域は見捨てられてない”と山村を
走る、へいちくに勇気づけられ、過疎地における希望の灯でもあった。
また、直方、田川、行橋という、地域の拠点を結んでいた鉄路。かつて、
団子三兄弟という歌が流行したが、三つの市が団子ならば、へいちくは、
それを繋ぐ大切な串。生活に欠かせない買い物、病院や学校等、沿線住民
を地域の拠点に通わせる役割を果たしてきた。沿線自治体の事情は様々だ
ろうが、今回は地域全体の利益を重視すべきったのではないだろうか。
“地域活性化、地方再生”との言葉が叫ばれているが、かけ声だけに聞こえる。
「経済合理性で考えると、そもそも過疎地はいらないということになる。過疎
地は不便で当たり前、みんな都市部に出ればいい、という国づくりでいいのか」
と存続を支持した首長のコメントが報道されていたが、全くその通りだと思う。
平成ちくほう鉄道が、赤字廃止路線だった旧国鉄の田川線、伊田線、糸田線を
JRから受け継いだ。運営会社側は、観光列車の運行など、経営努力を重ねた
が、急激な過疎化や時代の流れに対応が出来ずに、赤字が膨らんでいった。
ここで重要なのは地域の動き。そもそもが“経営は厳しいが、地域には必要”
との判断で設立された第三セクター。“財政が厳しいから、これ以上は無理だ”
ではなく、もう少し創意工夫した支援体制が必要だったのではないだろうか。
地域住民の一人として、悔やまれてならない。
本ブログで『へいちく物語』を連載するにあたり、一日乗車券を積極的に活用、
多くの地域を訪れた。市街地を歩くと空洞化が進み、延々と続くシャッター街。
対策は急務だろうが、その際、へいちくは重要な武器になりえたのでは・・・。
また、沿線には複数の高校、大学、病院などがあるが、通学や通院の手段をどう
保障するのか。車内には鞄を背負う学生や杖をついて通院する高齢者等、様々な
表情や息づかいがあり、へいちくは、間違いなく沿線の生命と生活を支えていた。
私は旅好きで、全国を巡ってきたが、鉄路と駅を失った地域の荒廃は凄まじかった。
本当に大切なものは、それをなくした時に、その大切さに気づく。と言われるが、
学校の存続や若者の地域離れ等、財政という物差しだけでは測れない、地域の存亡
に関わる決断、だった気がする
以上、勝手な危惧を記させていただいたが、130年以上続いた鉄路の廃線という
決断の背景には、それ以上の緻密な戦略があったのだろうか。今後、バス路線交通
計画の策定においては、社会的弱者の切り捨てではなく、沿線で必死に生きる人達
の息づかいを感じながら、住民が納得できる作業を期待したい。
行政には、今回の決断が正しかった、と歴史の中で証明していく責任がある。

2026年 03月 15日
へいちく物語⑤ 受け継いで走る。明治からの鉄路。
始発の行橋駅から、およそ1時間で、田川伊田駅に到着する。
車輌が奏でる、コトコトコト、の音が呟きのように聞こえてくる。
始発駅から車内前方に座す初老の男は、その心地良さにウトウト。
瞼を静かに開くと、前方に二本の煙突が見えてきた。

モモちゃん、お疲れさん。直ぐに、目的地の田川伊田駅に着くよ。
ここまでが旧国鉄の田川線(行橋~伊田間26.3km)区間で、明治
28年(1895年)に豊州鉄道として開業したんだ。
モモちゃんは、ここで下車して田川市石炭歴史博物館に行くんだね。
博物館がある公園内には、当時の煙突や竪坑櫓も残ってるよ。
ボクは、これから、伊田線の鉄路で終点の直方まで走ってくるね。
ここから五つ目の駅が金田駅で、糸田線の発着駅。へいちく本社も
あり、ボクらの為に、職員の皆さんが、頑張ってくれているんだ。
金田から二つ目が赤池で、それから七つ目が直方。駅前には大相撲
の元大関・魁皇関の像。少し歩くと遠賀川の広い河川敷がある。
ボクは、終着の直方駅に着いた後、折り返し運転。新しい乗客を
乗せて、今度は行橋駅に向けて走っていくことになる。
だから、モモちゃんは、また、ボクに乗車して帰ればいいよ。


・・・コトコトコト。コトコトコト。
レールバスが田川伊田駅に到着。初老の男は、車内を感慨深げに見渡し
てから降車。ホームをゆっくり歩き、改札口へと向かっていった。
レールバスは新しい乗客を迎え入れ、伊田線で終点の直方へと向かった。
伊田線は明治26年に直方~金田が開業し、明治32年に伊田まで延伸。
糸田線は明治30年に糸田~後藤寺、昭和2年に糸田~金田が開業した。
コトコトコト。直方で折り返したレールバスが、行橋行き、として田川
伊田駅のホームに戻ってきた。石炭歴史博物館の見学を終えた男が、再び、
車内に乗り込むと、レールバスはホームを離れ、鉄路を走り始めた。
・・・コトコトコト。コトコトコト。
モモちゃん、石炭歴史博物館はどうだった。帰りも、田川線を走るよ。
この路線が開通してから130年以上。SLや多くの先輩列車が、日本の
経済と地域の生活を支えるために走ってきた鉄路。国鉄からJR、そして、
へいちくがバトンを受け継ぎ、今、走っているのが、ボクたちなんだ。
現在は経営が厳しく、もうすぐ、今後の方針が協議会で示されるんだけど、
もし、廃線となれば、お年寄りや通学生等、今もボクを頼りにしている人達
のことが心配。それに、沿線の過疎化が益々進行するんじゃないかと思う。
だから、ボクは、これからも地域の為に走り続けたい。でも、・・・・・。

モモちゃん、今回はボクを利用してくれてありがとう。嬉しかったよ。
そうだ、モモちゃんが、購入した一日乗車券(ちくまる切符)は、とっても
お得な切符で、沿線にある温泉に入浴できるんだ。源じいの森温泉にも、入浴
できるから、行橋に帰る前、途中で降りて温泉を楽しんでくるといいよ。
・・・コトコトコト。コトコトコト。
車輌が源じいの森駅で停車。初老の男は、ホームに降り立った。
コトコトコト。コトコトコト、との音を響かせながらホームを離れ、
九州最古の石坂トンネルに入っていくレールバス。
男は、感慨深げに車輌を見送り、ジッと鉄路を見つめていた。

※平成ちくほう鉄道(本社・福岡県金田町)は第三セクターとして設立され、赤字廃止対象路線であったJR田川線(26.3km)、伊田線(16.1km)、糸田線(6.8km)の経営を平成元年10月に受け継いだ。新聞報道によると利用者はピーク時の4割まで減少し、28期連続で赤字を計上している。現在、存続をめぐり、県が設置した法定協議会で鉄道維持やバス転換などの案が示され、今年3月末までに方針が決まる予定。


